DRAGON BALL
1984年生まれの自分が避けては通れなかったマンガ。
ドラゴンボール。
今日はそんなドラゴンボールのお話。
ドラゴンボールなんか全然好きじゃなかった
自分はドラゴンボール世代ど真ん中です。
周りを見渡せば、ドラゴンボールが熱狂的に好きで、ドラゴンボールの「ド」の字が出た瞬間に、いかにドラゴンボールが素晴らしいか、いかに当時フリーザ編をワクワクドキドキしながら見守っていたかを、機関銃のように喋りまくる輩が山ほどいます。
まぁ、自分もスラムダンクの「ス」の字が出た瞬間に同じことをやってるんで、何とも言えないんですけどね。
でもそんな中にあって、自分はドラゴンボールを特に好きではありませんでした。
嫌いでもなかったけど。
元々アニメを見る習慣がなかったし、食事中はテレビをつけるのを許されてなかったんで、見てなかったんですよね。
で、気付いたときには周りはみんなドラゴンボールの話しかしなくなっていて、仕方なく見始めたんですが、既に噂のフリーザ編は終わっていて、自分が生まれて初めて見たドラゴンボールはセルの初登場回でした。
(つーか今調べたら、最大の山場であるフリーザ編は、僕らが幼稚園年長時代の話でした。幼稚園年長がドラゴンボール見るか?みんな本当にリアルタイムで見てたんかな?怪しくなってきたぞ。)
その後は話についていくためにそのまま『Z』の最終回まで3年半欠かさず見続けました。
もう自分らの世代はホントにドラゴンボール見てないと翌日クラスの会話に全く入っていけなかったんですよ。好きとか嫌いとかじゃなく、義務だったんです。国民の三大義務。
ホントに自分らの世代は男子は全員ドラゴンボールを、女子は全員セーラームーンを間違いなく見てたと思います。
ドラゴンボールは男子小学生の視聴率100%近くあったんじゃないかな?
そんなアニメ『ドラゴンボールZ』でしたが、欠かさず見ながらも、特に面白いとは思っていませんでした。
その理由は…
① 引き伸ばしが酷すぎる!
もうとにかく引き伸ばしが酷かった!
まず始まってオープニングの『CHA-LA HEAD-CHA-LA』が終わったら、前回のあらすじが10分近く流されるんですよ。
その後、ようやく本編が始まったと思ったら、5分くらい延々荒野を映してるんです。
「デデデッ…デデデッ…」っていう曲とともに、決戦場所である荒野がずーーーっと映し出されて、時折先に倒れた敵や味方の死に顔のカットが挟まれます。で、さらに時折、悟空と、対戦相手の、睨み合う顔が交互に映し出されます。
で、悟空と敵が一言二言会話を交わしたと思ったら、もうCM。
毎週こんな感じなんですよ!?
マジで!!!
子供心に、
どこが面白いの!?
って思ってました。
最近父親がアニメのワンピース見ながら、「前回のあらすじが長い」とか言ってますが、ドラゴンボールに比べたら100倍マシだから文句言うな と心の中でつぶやいています。
② ドラゴンボールがスタンダードになりすぎた
つまらなかったもう一つの理由が、
当時、ドラゴンボールがあまりにもスタンダードになりすぎたからというのもあります。
当時のドラゴンボールの影響力はすさまじすぎて、目に触れる全てのアニメやマンガはドラゴンボールのパクリだった と言っても過言ではない状態でした。
そんな中で逆に後からドラゴンボールを見てしまうと、ドラゴンボールが至極ありきたりでテンプレなものに映ってしまうんですよね。
ジョジョが2012年にアニメ化されたとき、若い人からは ネットスラング使いすぎで冷める という感想が飛び出したそうです。
中世の逸話で、シェイクスピアを初めて見たおばあちゃんが「この劇は有名なことわざばっかり使っているね」って言ったなんて話が残っています。
こんな逆転現象が、ドラゴンボールでも起こっていたんですよ。
初めて読んだ原作でも、面白さがわからなかった
原作の漫画を初めて読んだのは確か中学生になってからでしたが、
とにかく話のテンポの良さに驚きました。
特にアニメではあんだけ長かった悟飯とセルのかめはめ波の撃ち合いがたった一話でサクッと終わったのにめちゃくちゃ驚いたのを覚えています。
あのテンポのクソ悪いアニメはなんだったんや、と。
とはいえ、原作の漫画は死ぬほど面白かったかというと、それはまた別の話。
ピッコロが悟飯をかばって死ぬシーンと、ミスターサタンの呼びかけで元気玉が完成するシーンは、感動して泣きそうになりましたが、そこぐらいでした。
そもそも、この漫画の価値って「感動して涙する」ところにあるわけじゃないよなぁ、多分…。
でも、どこが面白いのかがヨクワカラナイ…。
ようやくドラゴンボールの真価がわかった高校時代
ドラゴンボールを初めて「面白い!」と思ったのは、高校時代でした。
完全版が発売され、高校近くのツタヤでそれが立ち読みできたんで、毎月2巻ずつ読み進められたんですよ。
そのとき初めてドラゴンボールの真の面白さを知りました。
特に、フリーザ編で、悟空がフリーザと初めて対峙した瞬間から、悟空がスーパーサイヤ人になる瞬間までは、めちゃくちゃ面白かったです。
スーパーサイヤ人になった後はフリーザが可哀相になるぐらい一方的なフリーザいじめになってしまうんで、あんまり好きじゃないんですが。
ドラゴンボールの楽しみ方
ドラゴンボールの面白さって一体どこにあるのか。
非常に言語化しにくいんですが、ひとつには
純粋な戦いのワクワク感
にあるのかなと思います。
全体のプロットやストーリーだとか、感動して泣くだとか、頭脳戦だとか心理戦だとか、そんなものは他にもっと良い漫画がたくさんあるんですよ。
ただ、純粋に、強い主人公がもっと強い敵と戦うときのワクワク感、戦いの中での駆け引き、パワーアップするタイミング、そういったものはやっぱり群を抜いていると思います。
そして、そんなドラゴンボールを唯一無二の漫画に押し上げている要因はもう一つあるのですが、それに気付いたのは、だいぶ先のことでした。
まるで42巻まるまる鳥山明の画集のよう
社会人になってから、みんなと旅行に行ったときに、泊まった民宿にドラゴンボールが置いてあったんですよ。
何気なく手にとって、久々に読んでみて驚きました。
その 画力に。
読んだのはベジータと18号が闘っている巻だったんですが、その絵のレベルの高さに心底驚き、鳥肌がブワッと立ちまくりました。
何がすごいって、大ゴマで必殺技を決めるシーンでも、大胆な作戦をバシッと決めるシーンでもない、ただのパンチとキックの応酬の格闘シーンの迫力がとんでもなく凄かった んですよ。
必殺技や作戦を決めたり感動するシーンじゃなく、いわゆる「つなぎ」の通常のパンチとキックだけの応酬の格闘シーンがこんなにレベルの高い少年漫画は、正直他に知りません。
このとき驚いたのは、他の漫画を山ほど読んできたからこそ気付いたドラゴンボールの凄さだったと言えます。
1コマ1コマ全ての絵に惚れ惚れして、正直マンガじゃなくて鳥山明の画集としてドラゴンボール全42巻を読み返したくなりました。
時間がなくてそれ以来読み返しは実現していませんが、近いうちに鳥山明先生の画力を堪能するためだけに全巻読み返したいと思っています。
まとめ
アニメの引き伸ばし方が酷かったのと、漫画は「頭脳戦や知略戦」か「泣けるストーリー」を楽しむものだと思い込んでいた幼き日の自分には、その価値がわからなかったドラゴンボール。
後になって、「戦いそのものの純粋なワクワク感」と「鳥山明先生の圧倒的な画力」を楽しむ漫画だということを知りました。
出会い方が悪かったので、自分の好きな漫画ランキングの上位には入ってきませんが、客観的に評価すると、やっぱり、ドラゴンボールってすげぇなって思います。
何より、今自分が堪能している、あの漫画もあのアニメもあのゲームも、全てドラゴンボールの影響を受けている、全てドラゴンボールがなかったら生まれ得なかったと考えると、感謝しかないですね。
多分もう十年以上読み返していないんで、今こそまた全巻読み返して、改めて感想を書いてみたいです。