にわかじこみの一般人。

おすすめの漫画・ゲーム・映画などをわかりやすく紹介していきます。

【ネタバレ感想】ワールドトリガー 第191話

第191話「弓場隊④」

 

f:id:wagcus:20200207215628j:image

 

今回も1話のみでしたね、残念。

葦原先生の体調が第一とはいえ、月2話掲載に慣れてしまうと、どうしても1話じゃ物足りなくなってしまう…、ぬぐぐ…。

 

しかも先月はたった1話でも試合にかなり大きな動きが多かったから読んでて満足感あったけど、今月はそんなに大きな進展はなかったから、尚更ね…。

 

内容としては先月の予想通り、空閑 vs. 帯島 の一対一で帯島チャンが難なく落とされただけなので、特に語ることはなし。

 

にしても、あのグラスホッパーとスコーピオンの使い方は何よ!?

ボーダーは空閑を戦術開発班として迎え入れて、武器の応用法をとことん研究させた方がいいんじゃ?

彼のアイディアを隊員全員にバンバン普及させたら、今の何倍もボーダーは強くなるんじゃね?

 

いよいよラスボス二宮様と全面対決の様相を呈してきたけど、さて、どうなるかな?

 

 

ワールドトリガー 21 (ジャンプコミックスDIGITAL)

ワールドトリガー 21 (ジャンプコミックスDIGITAL)

  • 作者:葦原大介
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2019/12/04
  • メディア: Kindle版
 

【ネタバレ感想】週刊少年ジャンプ 2020年10号

週刊少年ジャンプ 2020年10号

f:id:wagcus:20200207212010j:image

 

 

鬼滅の刃

f:id:wagcus:20200207212019j:image

少年漫画としては比較的よくある展開でしかないのに、こんなにワクワクするのはなんでだろう。

やはり、最初の数話ではっきりと明示した、この漫画の魅力である「どことなく切ない雰囲気」を、この終盤に来ても貫き通しているからなのか。

台詞回しが、炭治郎の詠うような語りかけるようなモノローグが、読んでて心地よく響いてくるから、こんなに面白く感じるのかもしれない。

 

 

ハイキュー

f:id:wagcus:20200207212036j:image

これだけのドリームチーム同士のバトルなんてワクワクせざるをえないやん。

同じようなラストエピソードだと、アイシールドの世界戦は全然面白くなかったけど、全員が仲間になって新しい敵と戦うより、敵味方に分かれてチームをシャッフルして戦う方が面白いのか。

敵が味方に、味方が敵になるこの展開がたまらん。

 

 

Dr.STONE

f:id:wagcus:20200207212049j:image

ようやく決着したか。

ここまで引っ張るなら、イバラはもうちょい魅力的な悪役にしてほしかったな。

こんな小物倒すのに、何ヶ月もかかられても…。

倒し方自体は Dr.STONE らしくロジカルで逆転に次ぐ逆転で面白かっただけに、ラスボスが魅力に乏しかったのは非常に残念だった。

 

 

鬼滅の刃 19 (ジャンプコミックス)

鬼滅の刃 19 (ジャンプコミックス)

  • 作者:吾峠 呼世晴
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2020/02/04
  • メディア: コミック
 

【アニメ】おそ松さん 〜第1期最初の3話は、メガヒットのために計算ずくで作られた、とんでもなく素晴らしい3話だった!!〜

おそ松さん

 

f:id:wagcus:20200206235319j:plain

 

4年前に大ヒットし、社会現象を巻き起こした超有名ギャグアニメ。

 

自分も御多分に漏れず、このアニメが大好きなんだが、今あらためて振り返っても、最初の3話がすさまじく素晴らしかったなぁと、時々思い返すので、今日はその話をしていこうと思う。

 

 

最初の3話の何が素晴らしいの?

『おそ松さん』の最初の3話の何が素晴らしいのか。

それは、この3話がそれぞれ、 全く異なるターゲット層を、ピンポイントで狙い撃ちにするために作られている。という点だ。

『おそ松さん』の視聴者として想定される3つの別々の客層に対して、「このアニメはあなた向けのアニメですよ」というメッセージをめちゃくちゃ上手に魅力的に届けている。

 

加えて、視聴者の心の動きを全て想定して先読みするように動いていたり、

「六つ子」という、本来ならなかなか区別がつかないはずの、6人のメインキャラクターが、たった3話見ただけで見分けがつくようになっていたり、

あらゆるところが計算ずくで作られている。

メガヒットを生み出すための仕掛けだらけの、素晴らしい3話構成だ。

 

実際にどういう仕掛けがあり、どこをターゲットにしていたのか?

1話ずつ見ていこう。

 

 

第1話 ふっかつ!おそ松くん

「おそ松くん」リメイクと聞いて

最初に、「おそ松くん」がリメイクされるというネットニュースが飛び込んできたときの、世間の反応はこれである。

「え、そんな昭和のアニメのリメイクなんて誰が見るの?」

誰だってそう思う。

俺もそう思った。

 

そもそも「おそ松くん」のアニメが大ヒットし、「シェー!」というギャグが社会現象になったのは1966年なんである。その頃小学生だった視聴者層は今や60代。誰も深夜アニメなんて見ない。

アニメ第2期ですら1988年だ。今の30代が、「なんか幼稚園の頃、六つ子が主役とかいっておきながら実質イヤミとチビ太が主役のアニメがやってた気がする」ぐらいのおぼろげな記憶を持っているかいないかぐらいである。

 

そんなアニメがリメイクされると聞いて、全ての人が抱いた疑問は当然、

「誰が見るの?」=「誰をターゲットにしてんの??」

である。

 

そして、はじまった『おそ松さん』第1話は、この疑問に最高の形で答えた んである。

 

 

衝撃のはじまり

『おそ松さん』第1話は、レトロな 4:3の白黒の画面 からはじまる。

f:id:wagcus:20200207000022j:plain

 

そして、昭和時代の絵のままのおそ松くんたちがこう口にするのである。

「ぼくたち昭和のアニメだよ?今さら人気、出るのかなぁ…?」

視聴者の全員が抱いている疑問を、いきなり画面の中のキャラクターに言わせるんである。

 

それを聞いた僕らはこう思う。

「うん、それ、俺も思ってた」

 

 

で、おそ松くんが「大丈夫、いい作戦があるんだ!」と言い放った、

 

その次の瞬間…

 

 

f:id:wagcus:20200207000033j:plain

 

いきなり16:9のカラー画面 になり、

イケメンのライブコンサートがはじまるんである。

 

この、視聴者の疑念と不安を逆手に取った演出 は本っっっ当に面白かった!!!

自分は画面が4:3から16:9に切り替わったその一瞬で 大爆笑 し、「あ、これ第2話以降も見よう」と 即決で視聴継続を決定 したんである。

 

 

伝説の第1話

で、すごかったのはこっから。

あろうことか「うたのプリンス様」「花より男子」「ラブライブ」「ハイキュー」「黒子のバスケ」「弱虫ペダル」「進撃の巨人」… と、数え切れないほど多くの他の流行りのアニメ作品をパクリまくりパロディしまくり、これ絶対多方面から怒られまくるやろ という伝説の第1話を作り上げたのである。

今はこの第1話は DVDでもBDでもあらゆる配信サービスでも収録されていなくて一切見ることができない と言えば、どれだけ酷かったか が、少しは伝わるだろうか。

 

当然、ネットではめちゃくちゃ話題になり、良いか悪いかはともかくスタートダッシュにはこれ以上ないほどに大成功した。

その代償として第1話は丸ごとこの世から消されてしまったが、まさに記録には残らず記憶には永遠に残すという、伝説の所業 である。

 

 

第1話のターゲット層

で、そんな伝説の第1話が、一体誰をターゲット層にしていたのか。

これはもう最初っからおそ松さん制作陣が、もっとも数が多く、もっとも経済面で大きな支え=収入源になると想定していたであろう一番のメインターゲット

腐女子女性オタク である。

 

これでもかというほど 乙女ゲーBL のテイストをわかりやすく全面に押し出しているし、パロディ元も「うたのプリンス様」「花より男子」「ラブライブ」「ハイキュー」「黒子のバスケ」「弱虫ペダル」「進撃の巨人」と、女性人気の高いものばかり。

 

さらに言うと第1話のノリは、腐女子に神懸かり的に人気があるあの『銀魂』のノリそのままである。

もちろん、監督が銀魂と同じだから似てくるっていうのもある。だけどこれは明らかに「似てしまった」のではなく「似せてきた」ものだ。

銀魂のファン層に、このアニメはあなたのものですよ というメッセージを届けるために。

 

 

第2話 「就職しよう」「おそ松の憂鬱」

今風のイケメンアニメから、一転して原作風のおそ松くん風に戻った第2話。

この第2話はもう仕掛けだらけである。

 

冒頭から始まる視聴者へのメッセージ

アバンでいきなりはじまる、市ヶ谷の釣り堀でのシュールなショートコント。

このコントで重要な点は、チョロ松 がボケである という点である。

 

第1話を見た人には「6人の中でチョロ松だけが常識人でマトモでツッコミ役」という強烈な印象が付いている。

それに対して「アレは第1話をわかりやすくするために便宜上仕方なくやったことで、本来はチョロ松も含め 6人全員がイカれてますよ」というメッセージを冒頭でいきなり突きつける。

 

あのアバンのコントは、「このアニメは5人のボケと1人のツッコミの話ではなく、全員がイカれた6人の変人の話ですよ」ということを視聴者に伝える、たったそれだけの、しかし非常に重要な役割を負ったパートなのである。

 

 

6人の個性をわかりやすく伝える

この第2話で最も重要なことはこれ。

「6人の個性をわかりやすく視聴者に伝えること」

この第2話はたったそれだけのために作られた1話だと言っても過言ではない。

 

まず、冒頭のハローワークの面談のシーンが凄い。

この6人がそれぞれどういうキャラクターなのかを たった1分15秒で完全に表現し切っている この面談シーンは凄いの一言。

初めて見る人でも、この1分15秒を見れば、以下のように誰がどういうキャラクターなのかだいたい掴めるようになっている。

おそ松 → クズなダメンズ

カラ松 → 中二病だが根は小心者

チョロ松 → 意識高い系

一松 → 根暗でネガティブ

十四松 → テンション高いシュールキャラ

トド松 → 女たらし

 

さらに後半の「おそ松の憂鬱」のエピソードでは、私服姿でプライベートに勤しむ6人の様子がたっぷり描写される。

ここまで見れば、今後この6人をどういう視点で見ればいいのかに、全く不自由しない作りになっている。

 

 

第2話のターゲット層

第2話のターゲット層は、「シュールギャグ好き」「ゆる日常系好き」

ある種、原作の「おそ松くん」好きに一番近い層じゃないだろうか。

明らかに女性向け、かつテンションの高いツッコミが応酬する危険なパロディ祭りだった第1話から一転して、原作のようなシュールギャグ好きも、軽い気持ちでゆるゆる見たいゆる日常系好きも、安心して見れますよーと言わんばかりの第2話になっている。

 

やっぱりそもそもの「おそ松くんファン」に届けたいって思いはあるだろうし、深夜アニメ好きには「ゆる〜い日常モノを何も考えずボーッと見ていたい」という層が一定数いるので、そこをしっかりと取り込むのは思いの外大事なんではないかと思う。

 

 

第3話 こぼれ話集

まだ3話なのになんで「こぼれ話集」?

第2話の予告を見て、カラ松の

「次回は、こぼれ話集でよろしくぅ」

という台詞を聞いて、視聴者はこう思う。

「え?まだ2話しかやってない…というか実質1話しかやってないのに、こぼれ話?早くない?この段階で、どこに何がこぼれてんの??」

 

しかし、これにもちゃんとした理由があるんである。

 

 

第3話のターゲット層

さて、制作陣が最後に狙いを定めたターゲット層、

第3話で想定していたターゲット層だが、

これはめちゃくちゃわかりやすい。

 

ズバリ、小学5年生男子 である。*1

 

なんせ第3話は ちん◯、う◯こ、き◯たま といった、見るに耐えない低俗な下ネタのオンパレード なんである。

 

下ネタ以外の部分も、低レベルで幼稚でバカバカしいギャグばかり。良くいえば、笑いどころがシンプルでわかりやすい。

 

下ネタもそうじゃないところも、まるでコロコロコミックに出てきそうなノリだ。

 

もちろん自分も この第3話でハートを撃ち抜かれてどっぷり沼にハマりましたよ。

中身は小学5年生なんで。

 

第2話までは「まぁまぁ面白いから継続して見るか」ぐらいの温度感だったのが、SAWのパロディ部分の「あれやれって言ったのトド松なんだよねー」の台詞にゲラゲラ笑ってから、毎週録画して何回も見るほどの大ファンになりましたよ、えぇ。

 

低俗な下ネタや幼稚で低レベルなくだらねぇ笑いが好きな、中身が小学5年生のままのオッサンは絶対にこの第3話で心を掴まれたはず。自分のように。

 

パロディが多いのは第1話と共通しているが、「ハイキュー」「黒子のバスケ」「弱虫ペダル」と明らかに女性オタクを意識したパロディ元だった第1話に対し、第3話のパロディ元は「アンパンマン」「SAW」「密着警察24時」と、女性ともオタクとも縁もゆかりもないものばかり。

どちらかというと、ターゲットは明らかにオッサンである。

 

そしてこの下ネタや低レベルなネタを一番上手く表現するには、長いエピソードを1本作るよりも、短いネタをテンポよくポンポンと幾つも畳み掛ける方が圧倒的に適している。

なぜなら、レベルの低いギャグはフリからオチまでが非常に短いからだ。

 

だから、第3話は「こぼれ話集」じゃなきゃダメだったんである。

 

ちなみに一番低俗だった「アンパンマン」のパロディ部分は今はもう削除されてしまっていて見れません。

自分たちの想定するターゲット層へ笑いを届けるためなら手段を選ばない、おそ松さん制作陣。最高です。

 

 

まとめ

『おそ松さん』の最初の3話は、それぞれ、

第1話 → 腐女子、女性オタク

第2話 → シュールギャグ好き、ゆる日常系好き

第3話 → 小学5年生男子

に対して、「これはあなたのためのアニメですよ」というメッセージを強烈に届けるためのもの。

 

さらには、最初の3話を見れば、6人それぞれの個性や、置かれている設定、そしてこのアニメがやりたい方向性が、完璧にわかるようになっている。

だから、最初の3話を見て、どれかが琴線に触れたら4話以降も見続ければいいし、触れなかったら見なければいいだけの話。

非常にわかりやすい。

 

そして不思議なことに、3話を見終える頃には、6人の顔がなんとなく区別がつくようになっている…!

 

結果、この作戦は大成功し、『おそ松さん』は一大ムーブメントを巻き起こし、時代を象徴する大ヒットコンテンツとなった。

それも、ターゲットを明確にし、最初の3話をそこに向けて、魅力をわかりやすく伝わりやすくなるように、こだわって作り上げたからだ。

 

ヒットの裏には、必ず作り手の情熱とこだわりと綿密な作戦がある。

 

 

おわりに

ちなみに自分は『おそ松さん』第1期の中では圧倒的に

第7話「トド松と5人の悪魔」

のエピソードが一番好きです。

 

第3話でおそ松さん入りした層には、第7話も刺さるんかな。

 

そのうち『おそ松さん』の魅力を好き勝手書き散らかす記事も書きたいと思います。

 

 

「ひたすら遊んで暮らしてぇ〜!」

 

 

 

おそ松さん 第一松 [Blu-ray]

おそ松さん 第一松 [Blu-ray]

  • 出版社/メーカー: エイベックス・ピクチャーズ
  • 発売日: 2016/01/29
  • メディア: Blu-ray
 

*1:正確には、中身が小学5年生のままの人間、って意味なので、イコールすべての男性と言い換えてもいいかもしれない

【ネタバレ感想】週刊少年ジャンプ 2020年9号

週刊少年ジャンプ 2020年9号

f:id:wagcus:20200128221314j:image

 

 

アクタージュ

f:id:wagcus:20200128221328j:image

なるほど、こうきたか…!

しかし初登場時は慇懃無礼で傲岸不遜に見えた王賀美が まさか夜凪のために芝居を捨てる とはね…!

なんなんこのギャップ!?こんなん好きにならざるをえないやん!!!?

 

 

鬼滅の刃

f:id:wagcus:20200128221337j:image

ついに主人公 vs. ラスボス!!

しかしこんなに社会現象になるほどヒットしてるのに、このタイミングで最終決戦になってしまっていいのだろうか…?

個人的にはダラダラ引き伸ばされんのは最悪だから、このまま終わってくれるのは大歓迎なんだけど、世間的にはそれは許してもらえるのだろうか…?

 

 

マッシュル

f:id:wagcus:20200128221347j:image

絵が下手だしギャグなのかシリアスなのかよくわからんし典型的な打ち切られ漫画なんだけど、なんだか妙に印象に残った。

今週面白かった漫画がなかったからかもしれないけど…。

理由の一つは、普通は第一話で主人公に吹っ飛ばされて終わりの典型的な咬ませ犬小悪党ポジションのキャラが、生き残って今後主人公陣営として長期間出番がありそうなこと。

こういう他の漫画と違うところがたった一箇所あるだけで、「おっちょっと来週も読んでみよう」ってなるから不思議。

まぁ、前回 面白いのかつまらないのか自分でもわからないけどインパクトがあったと評した漫画 は、今みごとに凄いつまらなくなってるから、自分のこの感覚はアテにならないけど…。

 

 

アクタージュ act-age 9 (ジャンプコミックスDIGITAL)

アクタージュ act-age 9 (ジャンプコミックスDIGITAL)

 

【読んだことない人へ捧ぐ】天使なんかじゃない が面白い3つの理由

天使なんかじゃない

 

f:id:wagcus:20200128212734j:plain

 

 

作品解説

作者:矢沢 あい

ジャンル:少女漫画

連載開始:1991年

掲載誌:りぼん(集英社)

 

 

あらすじ

設立されたばかりの新設高校「私立聖学園」。その一期生である明るく元気なクラスの人気者の女子 冴島 翠 は、クラスのみんなに担ぎ上げられて、この高校初の生徒会役員に立候補する。見事当選した翠だったが、同じ生徒会には以前から気になっていたリーゼントのチョイ悪男子 須藤 晃 の姿が!

翠と晃、そして同じく生徒会メンバーとなった 麻宮 裕子瀧川 秀一河野 文太 の5人を中心に、聖学園一期生のキラキラ輝く青春の3年間がはじまる…!

 

 

① 絵に描いたような理想的な青春時代!

『天使なんかじゃない』の1番の特徴といったら何と言ってもこれである。

ザ☆青春 

恋愛、友情、仲間、課外活動、文化祭、悩みや苦しみ、この漫画のどの瞬間を切り取っても、全てが絵に描いたような典型的な理想的な "青春" そのもの!

なんせ1年生しかいない創立1年目の新設高校の話で、主人公は明るく元気なクラスの人気者の女子、相手役はリーゼントで見た目ワルだけど人の見てないところでは雨の中子猫とか拾っちゃうような典型的な少女漫画イケメンだからね。

準主役の生徒会メンバーも、美人で真面目な才女の親友キャラ、王子様系イケメン、ムードメーカーのラガーマンと、今日び漫画の中だってこんなテンプレートな組み合わせいねぇぞ!?ってぐらいに王道中の王道のキャラクターたちだからね。

これで青春旋風が巻き起こらないわけがない。

 

ネットで リア充 という言葉ができたばかりの頃、鬱屈したネット民が侮蔑の言葉として生み出した本来の意味でのリア充*1とは、まさにこいつらのことだったんじゃないか。彼らがリア充という言葉を作ったときに想定していた人物とは『天使なんかじゃない』の登場キャラクターたちなんじゃないかと思うほどに、典型的なリア充である。リア充という人種を疎ましく思っている陰キャたちが読んだらその日の夜中にソッコー神社に駆け込んでこの漫画を五寸釘で打ちそう。

 

だから、自分がこの『天使なんかじゃない』をどんな漫画かを5文字で表現すると、こう。

 

リア充漫画

 

この漫画を表現するのにこれ以上に適切な言葉はないし、

逆にこの漫画以上にこの言葉がしっくりくる漫画もない!

 

とにかくもう、今の令和の時代には漫画の中ですら見なくなった、平成初期ならでは、漫画ならではの、典型的すぎる青春の物語は必見! 

 

第1話から最終回の最後のページまで、全てが青春です。キラキラ輝いていて、楽しそうで、でも本人たちにとってはきっと波乱万丈で、あっという間で、そして、儚い。

そんな青春を味わってみたかったら、ぜひ読むべき漫画!

 

 

② 魅力的なサブキャラクター「マミリン」

個人的にはこの『天使なんかじゃない』という漫画の魅力の60%はこのキャラクターが占めているんじゃないかと思っている。

それが、主人公の親友にしてこの漫画の準主人公、麻宮 裕子 こと 「マミリン」

 

マミリンは同じ生徒会メンバーの王子様系イケメン 瀧川 秀一 に中学時代から片想いしてるんだけど、彼女が中高合わせて5年間の片想いを成就させていく過程は必見!

ただの5年じゃないからね。10代の5年だからね。長いよー。その途方もない時間、ずっと片想いし続けたマミリンの 一途さ はすごいよ!

片想いが判明して、苦悩し続けて、成就させて、最後その彼氏を置いて留学に旅立つところまで、最初っから最後までマミリンの恋は全てが魅力的だ。見所しかない。

 

「耐えなさいよ4年くらい!私なんて5年も片想いしてたのよ!」はマジ名言。*2

 

一途な恋物語が好きな人は、読んどいて損はない!

 

この恋の一途さも素敵なんだけど、マミリンのキャラクター自体もめちゃくちゃ素敵なんだよね。

最初は美人だけど真面目すぎて冷たくてイケ好かない感じのキャラとして登場するんだけど、徐々にその中身の人間らしさと面白さと強さと可愛らしさが出てくるところが最高すぎるんだよね。

最初にガラッと印象が変わるのでも、最後に印象が変わるのでもなく、漫画の最初から終わりまでかけて印象が変わり続けて、ずっと正比例のグラフのように好感度が上がり続けていく。こんなキャラクターはなかなかいないよ。

 

マミリンの恋の物語を読むためだけでも、この漫画を読む価値はある。

 

 

③ 妙にリアリティのあるキャラクターたち

ストーリーや設定は今日び漫画の中ですら見ないぐらいに漫画の中の世界なんだけど、出てくるキャラクターはみんな妙にリアリティがあるんだよね。

それも、登場したときは皆テンプレートな漫画のキャラクターって感じなんだけど、時間が経つにつれ徐々に人間らしさというかリアリティが顔を出していく。

 

特にそれが一番顕著なのが、メインキャラクターの一人である王子様系イケメンの 瀧川 秀一

この瀧川が、序盤はまさに漫画のキャラクターって感じの爽やかイケメンなんだけど、後半になるにつれてどんどん割としょーもないダメな人間であるってことが明らかになっていく。

 

瀧川の登場シーンの中で、個人的に印象に残っているシーンがある。

物語終盤、晃が瀧川の家に泊まりに行き、夜中に男2人でマリオカートをしているときの会話。

晃「おい、てめ、なにすんだ、性格わりーぞ。」

瀧川「いまさら気づいたかバカめ。」

 何気ないシーンなんだけど、なぜか未だに脳裏に焼き付いて離れない。

 

一つはそれまでの瀧川の性格からしたら考えられない台詞であること。

そしてもう一つは、男同士の会話として「めっちゃありそう」なやりとりなこと。

 

マジで男2人が夜中にマリオカートしててこんな会話してそうだもん。

お互いに本性出したてぐらいの仲の親友同士の会話として凄まじくリアリティがある。

 

このシーンをはじめとして、最初は漫画のキャラクターとして登場した人物たちが、矢沢あいならではの鋭い切り口で妙にリアリティのある人間らしさを徐々に徐々に出していく様子は本当に読んでて引き込まれる。

この「味」は、この漫画が矢沢あいの出世作で、彼女の「らしさ」というのがこの作品の連載中にどんどん完成されていったからなんだろうな。この変化は「マリンブルーの風に抱かれて」でも「ご近所物語」でも「パラダイスキス」でも「NANA」でも味わえない、『天使なんかじゃない』でないと味わえない魅力なんじゃないかと思う。

 

 

おまけ

序盤のクリスマスの「会いたかったの…。」のシーンは、なぜか何回読んでも泣きます。

どうでもいいけどこいつらこの時点で高校1年生だよね?15歳だよね??恋愛偏差値高過ぎませんか???

 

 

天使なんかじゃない 完全版全4巻 完結セット (愛蔵版コミックス)

天使なんかじゃない 完全版全4巻 完結セット (愛蔵版コミックス)

  • 作者:矢沢 あい
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2010/11/01
  • メディア: コミック
 

*1:リア充は元々、恋人がいる人のことを指した言葉ではなく、ネット民が、友達が沢山いたり部活やサークルを楽しんでいたりするリアル生活が充実した人たちのことを、うっとおしがって妬ましがって蔑んで呼んでいた侮蔑の言葉。確かにサークルとかで大勢で盛り上がっているグループって、学食とかでどうしてもうるさかったりするから、そうじゃない人たちからすると、半分妬ましさもあってかなりウザかったりする。そういう嫌悪の感情を込めて付けられた呼称なんだよね、本来は。

*2:そのあとの「誰にも引き止めてもらえないかと思った」もマジ最高です可愛すぎます

【ネタバレ感想】週刊少年ジャンプ 2020年8号

週刊少年ジャンプ 2020年8号

f:id:wagcus:20200122221106j:image

 

 

ONE PIECE

f:id:wagcus:20200122221124j:image

あぁ〜、ロジャー編が終わっちまった〜。

正直もうワノ国とかどうでもいいからロジャーの冒険だけ見たい。もしくはもう世界の真実に迫る話に移行してほしい。

ワノ国を終わらせてからこのロジャーの過去をもっと深くガッツリ描いて、その流れでそのまま最終章に移行する、というのが一番盛り上がって良かったのでは?

あまり期待してはいないけど、このタイミングでロジャーの冒険を描いた意味が、ワノ国編にあることを願おう。

 

 

ハイキュー

f:id:wagcus:20200122221136j:image

やはり絵の迫力は文句のつけようがなく素晴らしい。

正直あそこで高校時代編があっさり終わって数年後に飛んでしまったことに対しては不服しかないけど、この一枚絵を見せつけられると相も変わらず黙らざるをえない。

 

 

ぼくは勉強ができない

f:id:wagcus:20200122221145j:image

素直になったうるかが可愛い!

しかしニセコイみたく一人一人順番に決着つけていくのかと思ったら、全員を絡めながら最終章へと突入していくみたいね。

最後まで誰が正妻になるかわからないし、ストーリー的にも先が読めなくて面白いから、一人ずつ流れ作業みたいにフラれていく展開よりもずっとずっとイイ! しばらくはうるかだけにスポットライトが当たり続けると思ってたのでその点は残念だけど

 

 

ONE PIECE 95 (ジャンプコミックス)

ONE PIECE 95 (ジャンプコミックス)

  • 作者:尾田 栄一郎
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2019/12/28
  • メディア: コミック
 

【DQⅣ】「エビルプリーストが真の黒幕でした」ってエピソードは絶対に蛇足だった!と思う件

 ドラゴンクエストⅣ

 

f:id:wagcus:20191219220531j:plain

 

昨年末、ドラクエウォークでDQ4のイベントが行われていたのですが、

その結末が完全にPS版準拠でした。

 

自分はFC版のドラクエ4のストーリーが大好きで、

それゆえにPS版のリメイクで改変されたストーリーには納得いかないんだけど、

今回のドラクエウォークではそのリメイク版のストーリーが採用されていたので、

だいぶモヤモヤしたのでした。

 

いったいFC版とPS版のストーリーにはどのような違いがあるのか?

自分はどうしてFC版の方が好きで、PS版に納得がいかないのか。

 

そのあたりを、解説していきたいと思います。

 

 

FC版ドラクエ4のストーリーは?

FC版ドラクエ4のストーリー

FC版ドラクエ4の第5章は、主人公である勇者の村が魔族の長であるピサロに滅ぼされるところから始まります。

生まれ育った村のみんなが皆殺しにされ、幼馴染の恋人(女主人公の場合は親友)も自分の身代わりに殺されてしまいます。

絶望の中、一人旅立つ主人公。

ここで流れるフィールド曲「勇者の故郷」が主人公の絶望と孤独を表現してて切なすぎます。

 

旅の中で、勇者は仲間たちと出会い、最後の一人、ライアンが仲間になったときに、フィールド曲は勇猛果敢な名曲「馬車のマーチ」に変わります。

ここの曲の変化は、勇者の心の変化をそのまま表現しているようで、とても好きです。

 

一方その頃、魔族の長のピサロは、恋人のロザリーを人間に攫われてしまいます。

ルビーの涙を流すエルフであるロザリーは、悪しき人間の恰好の標的でした。

攫われたロザリーは、ルビーの涙を流させるために、欲深い人間たちに殴る蹴るの暴行を受け続けます。

駆けつけたピサロによってロザリーを攫った人間たちは皆殺しにされますが、時すでに遅し。ロザリーはピサロの腕の中で生き絶えます。

 

怒りの炎に燃えるピサロは、人間たちを根絶やしにするという決意をより強固なものにするのでした。

 

そして物語終盤。勇者が魔王の本拠地である闇の世界を訪れると、魔王配下の四天王の一人、エビルプリーストが、このような独白をします。

ほう ついに ここまできたか ゆうしゃよ。しかし すべては おそかったようだな。もうすぐ デスピサロさまが わが まぞくの おうとして めざめるだろう。デスピサロさまの こころには もはや にんげんに たいする にくしみしか のこっておらぬはず。めいどのみやげに おしえてやろう。ロザリーを さらわせたのは このわたしなのだ。わっはっはっ!

 

そんなエビルプリーストをはじめとした魔王配下の四天王を倒し、進化の秘法でもはや別の存在となったピサロ…デスピサロの元に辿り着いた勇者たち。自我を失ったデスピサロは、こう言って勇者たちに襲いかかってきます。

わたしは デスピサロ。
まぞくの おうとして めざめたばかりだ。
うぐおおお……!
わたしには なにも おもいだせぬ……。
しかし なにを やるべきかは
わかっている。
があああ……!
おまえたち にんげんどもを
ねだやしにしてくれるわっ!

何もかも、ロザリーのことすら忘れてしまったデスピサロの台詞が、非常に物哀しいです。

 

そして、そんなデスピサロを打ち果たし、勇者たちは平和を取り戻すのでした。

 

 

FC版ドラクエ4に込められたメッセージ性

なんとも考えさせられるストーリーですね。

今までの人間が善、魔物が悪という単純な勧善懲悪のドラクエと違って、本当に悪いのは誰なのか、悪とは何なのか、一筋縄ではいかない複雑でメッセージ性の強い作品になっています。

 

ピサロはロザリーが暴行され、殺されたことに激しい怒りを燃やしていましたが、自分も勇者に同じことをしているのです。

魔族に故郷を滅ぼされ、恋人を殺された勇者。

人間に迫害され、恋人を殺された魔族の長。

この対比が、ドラクエ4の何とも言えない切なさを生み出しています。

 

エビルプリーストは確かに人間を唆しましたが、彼は背中を押しただけ。

そもそも元々ロザリーは欲深な人間たちに狙われていたので、やはりロザリーを殺し、デスピサロ誕生の引き金を引いたのは、人間の欲の深さと愚かさと言っていいでしょう。

ピサロが最初に「世界を征服し、人間を根絶やしにする」と決意した動機は深くは語られていませんが、それもロザリーを狙う人間たちへの憎しみが募ったものだとしたら、やはり今作の魔王を生み出したのは人間自身だと言えそうです。

 

人間の愚かさが生み出した悲劇の魔王、ピサロですが、怒りに我を忘れた彼は、自分がされて嫌だったことを人間にしてしまいます。勇者の大切な人であるシンシアを奪ったピサロは、その後、自分も同じように大切な人であるロザリーを奪われてしまいます。

まさに因果応報ですが、ラスボスであるデスピサロを打ち倒したとき、何とも言えない虚しさを感じてしまったのは、自分だけでしょうか…。

 

 

PS版ドラクエ4のストーリーは?

PS版ドラクエ4のストーリー

PS版ドラクエ4のストーリーも、大筋はFC版と同じですが、終盤、闇の世界にたどり着いた後、魔王配下の四天王 エビルプリースト と対峙するところからが大きく違います。

PS版でのエビルプリーストの台詞はこうなっています。

ほほう……?とうとうここまで来よったか。

しかし今では遅すぎたようだな。 デスピサロは進化の秘法を使い、究極の進化をとげ、やがて異型の者となり目覚めるだろう。 変わり果てたやつの心には、もはや人間に対する憎しみしか残っておらぬはず。 そしてデスピサロは二度と魔族の王に君臨することなく、みずから朽ち果てるのだ!!

めいどのみやげにお前たちにも教えてやろう! 人間どもを利用し、ロザリーをさらわせたのは このわたし! このエビルプリーストさまなのだ!

 FC版ではあくまでデスピサロへの忠誠心ゆえに、デスピサロを真の魔族の王にするためにロザリーを攫わせていたエビルプリーストですが、PS版ではデスピサロを陥れ、破滅させ、自分が魔王になるため、と、動機とキャラクター付けが180° 変わってしまっています。

 

 

第6章

さらにPS版では普通にデスピサロを倒し一度エンディングを迎えた後、第6章という新章をプレイすることができます。

第6章の内容は、ロザリーを生き返し、ピサロを仲間にし、一緒にエビルプリーストを倒す というもの。

勿論、その後ピサロと戦うということもなく、エビルプリーストを倒したらめでたしめでたしでエンディングです。

 

 

FC版のメッセージ性を全て否定するPS版の第6章

こうやって対比させると、FC版で込められていたメッセージ性が、PS版の第6章では全て引っくり返されてしまっていることがわかります。

 

人間と魔族、どっちが悪か分からない、深くて考えさせられるストーリーが4の良さだったのに、「全部エビルプリーストが悪かったのでしたー」「悪者のエビルプリーストを倒したのでめでたしめでたしー」という、単純な勧善懲悪ものに逆戻りしてしまっています。

 

ピサロを巡る因果応報もなくなってしまっています。「ピサロが魔王に身を落とした背景は悲しいものだけれど、彼も人間の大切なものを奪うという許されざることをした。その罪は消えず、彼はその報いを受けることになる。」という、ドラクエ4で一番重要だった部分が、根こそぎ否定されています。

どんなに悔いても、ロザリーは生き返らないし、自我を失ったデスピサロは二度と元には戻らない。その無常観が4の良さだったのに、あっさりとロザリーは生き返り、ピサロも元に戻り、シンシアを殺した罪はなかったことになって、何の報いも受けず許されて終わり。

 

「こんなのドラクエ4じゃない!」と思うのは、自分だけでしょうか…。

 

 

ドラクエウォークで第6章が正史のように扱われたことへの不服

まぁ、今までは、所詮は第6章なんて正規ルートをクリアした後のおまけ、ただの if ストーリーだと思って気にしないようにしていたのですが、ドラクエウォークであたかもこの第6章こそが正史であるかのように扱われていたのが不服で、思わずこんな記事を書いてしまいました。

 

善と悪、憎しみの連鎖、因果応報、そんなものの深さと物悲しさを巧みに描いたドラクエ4が、自分は大好きなのです。

 

 

おまけ:勇者の動機は果たして憎しみだったのか?

ドラクエ4といえば、昔友人が「あれは勇者の復讐譚で、憎しみの物語だ」と言っていたのに対して、自分が「それは違うぞ!」と真っ向から反論して、議論になったことを思い出します。

友人曰く、「あれはピサロに家族恋人を皆殺しにされた勇者が、憎しみを動機に戦い、復讐を遂げるまでの物語だ」とのことですが、自分はそうは思えないんですよねぇ。

 

その理由は、勇者の2つのテーマ曲「勇者の故郷」と「馬車のマーチ」の曲調。

もしもドラクエ4のテーマが「憎しみ」なら、この2曲ももっと「怒り」や「憎しみ」を感じさせる曲調になっているはずです。

一つ目の、勇者が故郷を滅ぼした直後から流れ始める「勇者の故郷」。この曲からは、故郷を滅ぼされた怒りや憎しみといったものは感じられません。伝わってくるのはただただ 絶望。

勇者は家族友人を皆殺しにされたとき、憎しみではなくただひたすらに『絶望』を感じていたのではないでしょうか。

 

そして7人の導かれし者たちが揃った直後から流れ出す「馬車のマーチ」。この曲から感じるのはただただ純粋な 勇ましさ です。

この曲が憎しみに囚われた勇者の曲とは自分にはどうしても思えません。

 

導かれし者たちが揃ったとき、勇者が感じたのは、「もう二度と失いたくはない」という強い『決意』だったのではないでしょうか。

ピサロが憎くて戦うのではなく、もう二度と大切なものを失わないために戦う。

ドラクエ4は、全てを失って『絶望』した勇者が、導かれし者たちによって『希望』を再び手に入れ、もう二度とそれを失わないために、それを守るために戦う、そういう物語なんじゃないかと自分は思います。

 

 

第6章は『許し』の物語?

同じ目に遭ったのに、憎しみに囚われてしまったピサロと、憎しみではなく守るために戦った勇者の対比。

そう考えると、第6章にも意味があるような気がしてきます。

 

第6章では自分の家族と恋人を殺した憎い仇を許し、その許しの心によってピサロが改心し、『許し』を行うことでより良い結末を迎える。

そうだとしたら、ピサロを倒してしまったときは生き返らなかったシンシアが、ピサロを許したときは生き返る、とかのエンディングだったらよりメッセージがわかりやすくなっていいですねぇ。でも、それじゃあまんま 幻想水滸伝 だけど。

 

果たして第6章は単なる蛇足だったのか?

それとも「許し」をテーマに描いたより深いメッセージだったのか?

 

皆さんはどちらだと思いますか?

 

 

ドラゴンクエストIV

ドラゴンクエストIV

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: エニックス
  • 発売日: 1990/02/11
  • メディア: Video Game