ブルーピリオド
見開きの表現の素晴らしさ
この20作品の中で、最も面白いと思った漫画、『ブルーピリオド』。
まず何と言っても、美術が題材なだけあって、画面の表現がとにかく素晴らしい!
独創性が重要な「美術」がテーマなだけあって、漫画そのものも「こんなの見たことない」というような表現で溢れている。
特にここぞという場面での見開きページでの表現は凄い。
主人公の下書きのスケッチブックの紙面だけをアップで写したり、画面の8割がスクリーントーンで覆われていたり、絵の具のチューブが画面を埋め尽くしていたり、不吉な雨の音だけがこれでもかと描かれていたり…。
重要な場面での、絵での緩急の付け方が抜群に上手い。
「絵」での、というより、画面の構成や表現での緩急の付け方が。
「美大を目指す高校生の話」「美大生の実態の話」それ自体はそこまで斬新なテーマじゃないのに、これだけ目新しく映るのは、紙面から溢れるこの漫画の独特の表現や雰囲気が新しく感じるからだと思う。
ストーリーはもちろん、そのストーリーを表現する画面全体の使い方があまりにも上手いから、話の世界にどんどんのめり込んでしまう。
主人公が「凡人」だから面白い
「美大を目指す美術部員」「美大生」と言われたら、普通はめちゃくちゃ変わったクセの強い人間たちを想像する。
この漫画でも勿論そういう人たちも沢山登場するんだけど、肝心の主人公は僕らと同じ「クセのない凡人」だ。
勉強もスポーツもできて、コミュ力もあって、ちょっと悪いこともできちゃう、リアルの高橋久信みたいな絵に描いたような優等生。
でも夢中になれるものが何もなく、世の中を斜に構えて見ている。このままいい大学に入って一流企業に就職して、何の問題もない人生を歩むんだろうなと、自分も周りも思っている、そんな美術とは無縁の人間。
そんな主人公が、一枚の絵をきっかけに、絵を描くことにのめり込み、美術の世界に足を踏み入れていく。
美大に入って絵で食っていくという、当初想定していた人生とはおよそ真逆の人生を目指していくことになる。
まずこの漫画、第一話の1ページ目の最初の一文が「ピカソの良さがわからない」という台詞から始まる。
美術に全く興味がない、芸術作品を良いと思ったことが一度もない人間が主人公で、そいつが絵の良さ、描き方、表現の手法、有名美術作品の何が凄いかなどを一から学んでいくから、読者も置いていかれずに美術の良さや凄さを一緒に学ぶことができる。
主人公の矢口八虎は、美術に出会う前は斜に構えた優等生だけど、美術に出会って素直で純粋な人間になった後も、才能じゃなく努力でカバーしていくタイプなんだよね。
「自分は才能のない『凡人』だ」と自覚している人間が、美術という『才能』の世界に飛び込んでいく。努力と理論で何とか喰らい付いていく。
だから、美術という自分とは縁の無い世界の話にも、クセの強い美大生たちという自分とはおよそ関わりのない人間たちの話にものめり込んでいける。矢口八虎と一緒にのめり込んでいける。
元々美術に興味がない・クセがない・才能じゃなく努力型。美術という特殊な世界に読者を誘うのに、これ以上ない主人公の造形に成功している。それが、この漫画の成功の秘訣の一つだと思う。
「ピカソの良さがわからない」人こそ、この漫画を読むべき人である。
矢口八虎の背中から、新しい世界が覗けるから。
全身を使った、登場人物の感情表現
画面構成、主人公のキャラクター設定も素晴らしいんだけど、もう一つこの漫画の面白さを押し上げている重要な要素が、「キャラクターの感情表現」。
表情や明暗の表現も上手いんだけど、何より良いのが「手」の使い方。
この漫画、キャラクターが泣いたり喜んだりといった感情表現をするときに、表情だけじゃなくて全身を使って感情を表現するんだよね。
特に手というか「腕」。
泣くときに涙を拭くために顔を覆ったり、喜んだときに照れた顔を隠すために頭を抱え込んだり。
そうやって両手で顔を覆ったり両腕で頭を抱え込んだりしながら悲しんだり喜んだりするキャラクターが、何とも言えず愛おしい。
文化部系の高校生や大学生を描いた漫画なんて、他にも沢山読んでるはずなのに、この漫画のストーリーにこれだけのめり込んでしまうのは、表現・キャラクター設定・感情表現など、のめり込ませるための仕掛けがしっかりと用意されているからだ。
勿論、矢口八虎の、美大生たちの、そして作者の、魂や情熱が紙面を通して伝わってくるから、というのが一番だが。
情熱そのものも素晴らしいけど、その情熱の伝え方も上手い。凄い。素晴らしい。
ブルーピリオド、おすすめです。
情熱と狂気の世界を肌で感じたい方は、ぜひ読んでみてください。