先日、初代ロックマンの正統ナンバリング作品、『ロックマン11』が発売された。
それを記念してかしないでか、Facebookでこんな名文が流れてきたので思わずシェア。
ロックマン愛に溢れる素晴らしい名文!
俺はバリバリの初代ロックマン世代である。俺も友達もみ~んな「ぼくの考えたオリジナルのボスキャラ」を書くためだけの専用ノートを持っていて、休み時間や休みの日はみんなで集まってノートに自分の考えたボスキャラをひたすら描いていた。
そんな自分からしてもこの文章の内容には概ね同意できるんだけど、個人的にはやはり「ロックマンは難しいゲーム」だと思っていた。というか、正確に言うと、ロックマンに限らず全てのアクションゲームが俺にとっては難しすぎた。あのヒゲオヤジのゲームとか普通に難しいと思ってたからね。小学生当時、俺にクリアできたのは、アッッッホみたいに簡単な『星のカービィ ~夢の泉の物語~』だけ。
友達の家で、交代でロックマンをプレイしていて、俺だけ最初のステージの最初の穴すら飛び越せないために友達の家を叩き出されたというトラウマがあるぐらいだ。嗚呼、懐かしいなぁ…(遠い目)。
そんな小学生時代と、高校時代にロックマンに再挑戦したときの思い出話がmixiの日記の中にあり、なかなかの名文だったので、一部加筆修正して今日の記事として投稿。
この文章を書いた頃はまさにニコニコ動画の全盛期だったので、前述のブログの言うとおり、ニコニコ動画のイメージに引っ張られて「ロックマンシリーズは難易度の高さで有名なゲーム」という言い方をしている。5や6の簡単さは当時リアルに実感していた世代だったはずなのに、イメージというのは怖いもんだなぁ。まぁ、俺の場合は小学生時代にロックマンだけじゃなく全てのアクションゲームがトラウマレベルで難しかったからやむをえない話ではあるけど。
いや、書いてるメインとなっている作品が『ロックマンワールド4』だから、ってのもあるな。GBのワールドシリーズは実際FCの無印シリーズより1段階か2段階難しかった。特に3と4。
かなりの長文なので、お暇なときに暇つぶしにお読みください。
ロックマンワールド4 の 想い出 ~努力という名の翼 ~
俺が小学校3年生の頃、『ロックマン』が爆発的に流行した。
以前紹介した『ジョジョ』同様、個性特化された数々のキャラクターが、
俺達の自己実現欲求を刺激したのだろう。
とにかく毎日の様にみんなでオリジナルのボスキャラクターを考え、
自由帳にその絵を描きまくった。
「ボスキャラ専用ノート」を皆持っている位、
その熱は凄まじいものがあった。
しかし、その反面、俺は肝心のゲームの腕はからっきしだった。
友人たちが華麗なコントローラー捌きで、
難易度の高いことで有名なこのゲームを次々と全クリしていく中、
俺は常に最初の1ステージもクリアできなかった。
ゲームのコントローラーを握ることは殆ど無く、
その分の情熱をキャラクターや技の名前を覚えることや、
その絵を描くことばかりに費やしていた。
野球が好きだけど運動神経が皆無だった為に
知識ばかりを一流にしていった病弱少年のようなものだ。
ゲームをやる時間が限られている当時の小学生にとって、
アクションゲームの上手下手は運動神経に依存されていた。
小学生時代はとにかく体育の出来る奴がヒーローだった。
運動神経の優れた人間だけが、
男子の羨望を集め、女子の視線を独占する。
そんな人間が、ゲームの世界をも自分のものにしてしまうのだ。
小学生の俺にとって、
あの愛してやまないロックマンの世界を本当に堪能できるのは、
そういった自分とはかけ離れた人種だけの特権であり、
自分には到底叶わない、手の届かない夢だと思い込んでいた。
そんな考えが変わったのは、高校に入ってしばらくのことだった。
昔やったゲームの話で盛り上がり、話題は自然とロックマンのことに移る。
知識と愛情だけは超一流だった俺は、
夢中になってその話題に喰いついた。
そのときふと思ったのだ。あれは本当に叶わない夢だったのか。
努力すれば手の届くものだという可能性があるならば、
試してみる価値はある。
中学までの、ヒーローと凡人に二層化された社会とは違い、
どんな人間の個性も認めようとする男子校の空気に強く刺激されたのは間違いない。
今ではもう珍しい初期型のゲームボーイと、
あの時最初のステージすらクリアできなかった『ロックマンワールド4』を、
次の日俺は学校へと持って行った。
そして、眠る以外にすることのない退屈な倫理の授業の時間、机の下、
俺の“挑戦”が始まった。
俺は20年間、コンプレックスの塊だった。
それは親の教育にも一因があるし、
中学時代に俺自身が引き起こしてしまった事件にも大きく起因しているが、
何より小学校時代、
クラスの『ヒーロー』達を眺めていることしか出来なかった
『凡人』でしかなかったことが、
一番俺の心に影を落としていたのだろう。
そんな小学生時代の象徴である『ロックマン』への挑戦は、
今までの自分を振り切りたかった高校時代の俺の、
数々の挑戦の一つだった。
この『ロックマンシリーズ』は、難易度の高さで有名なゲームである。
初めて触れるときは、大抵最初の穴に落ちて死ぬ。
何度やっても上手くいかない。
友人がラスボスをいとも容易く撃破しているのと比較して、
自分とは生まれ持ったものが違うのだと思わざるを得ない。
小学生のときは、そこで諦めていた。
だけど、もう少しだけ頑張ってみよう。
何かが、何かが変わるかもしれない。
そうやって何度も何度も同じ穴に落ちた。
だが、ある瞬間にふと、何かをつかむ感覚が起こる。
気が付くと、次へと進めている。
次へ進むと、また何度やっても失敗するトラップに出会う。
しかし、その頃にはもう、最初の穴は百発百中超えられる。
俺は一歩ずつ、一歩ずつ進んでいった。
どんな難所でも、どんなに強いボスでも、
最初の穴と同じだった。
何度死んでも、何度倒されても、
あまりにも呆気無くやられ、到底敵わないと思える箇所でも、
諦めず何度も何度も挑戦すると、段々と攻略の糸口が見えていった。
そして、念願の全面クリアーを果たした頃、
最初の穴で死んでいたあのステージは、
目を瞑ってもクリアできるのではないかというほどに、
簡単になっていた。
俺はこの『ロックマンワールド4』を、
エネルギー缶と特殊武器を使用せずにクリアーした。
ラスボス相手に通常弾のみで、
画面内を華麗に飛び回るロックマンの姿は、
あの時クラスのヒーローが動かしていた彼と、何の遜色も無かった。
『ロックマン』はとても難しいゲームだ。
しかし、必ずクリアー出来るように作られている。
今のアクションゲームには、パワーアップアイテムが完備されていて、
同じ難所に何度も挑戦しなくても、
そのアイテムを攻略本を見ながら取って来れば、
簡単にクリアー出来るものも多い。
しかし、『ロックマン』は違う。
たった数動作のシンプルな動きと、自分の力だけで、
千差万別の並み居る難ステージをクリアしなければならない。
その代わり、必ず答えが用意されている。
理論的に、絶対クリアー出来る様に精巧に作り込まれている。
だから好きなんだ。
挑戦心を掻き立て、達成感を味わわせてくれる。
以前ジャンプに連載された、名前も覚えていない打ち切り漫画の中に、こんな台詞があった。
「努力が必ず報われるなんて、嘘を堂々と言ってんじゃねーよ!
努力ってのはな、報われるかどうかわからない、そういうもんだ!
報われるかどうかわからないもんのために、自分の全てを賭ける、
正にコレ、人生最大のギャンブルよ、狂気の沙汰!
だから努力することはおもしれーんだ、
そっから得られるスリルに比べたらよ、
結果なんか、オマケみてーなもんじゃねーか。」
漫画自体は面白くなかったが、この台詞だけは、深く共感できた。
出来る奴の姿は、出来ない奴が見たら、
まるで翼が生えて飛んでいるかのように見える。
華麗で、いとも容易く、そして自分には届かない。
しかし、一歩ずつ積み上げて積み上げて、
転がり落ちても諦めずに進んでいくと、
いつの間にか自分の背中にも翼が生えている。
そして、この話は、一度でも翼を生やしたことのある人間にしか、
絶対に分からない。
努力したことの無い人間にとって、努力の話は、
綺麗事にしか聞こえないのだから。
今でも俺は、新しい何かに挑戦して、
それをいとも容易くこなしている先人の姿を見て挫けそうになる時に、
あのロックマンの最初の穴に落ちたときと、
最後ラスボスに通常弾のみで打ち勝ったときのことを思い出す。
その先人も、初めは最初の穴に落ちてばかりだったんだろう、
そして、俺の中にもラスボスに打ち勝てる可能性があるのだろう、と。
いまだに俺はアクションゲームが大の苦手だ。
あれだけ『ロックマンワールド4』をやり込んだのに、
『ロックマン3』はからっきしクリアー出来ずに、
ロックマン初心者の友人にあっさり抜かれ、馬鹿にされる始末だ。
スタート地点や翼の生えるスピードは、人それぞれ違う。
でも、生やすことさえ出来れば、その翼は誰の物であろうと違いは無い。
大空を自由に舞っている人が羨ましければ、努力することだ。
たとえ自分の翼が生えるのが他人より遅くても、
翼が生えないかもしれなくても。
そして、翼を生やし、自由に飛べるようになった時、空から見下ろして気が付くだろう。
翼を生やそうともがいている人間こそが、
一番美しく輝いているということに。
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