ONE PIECE
こちらの記事の続きです。
狙撃の王様 "そげキング"
さて、前回、決闘の末、ルフィの元を去ったウソップ。
このままメリー号と共に故郷へ帰ろうと考えていたが、そこに、ロビンが連れ去られ、それを追ってルフィたちがエニエス・ロビーに向かったという知らせが入ってくる。
いてもたっていられなくなったウソップは、仮面を被り、「そげキング」を名乗って正体を隠し、自分もロビンを追う海列車に乗り込むのだった。
ここは純粋に元仲間のロビンを想っての行動だろう。自信を失っていたウソップだけど、自分なんかにできることがあるかはわからないけれど、ロビンのピンチと聞いていてもたってもいられなくなり、とにかく行動した。ウソップはなんだかんだ言って優しい奴なのである。
ただ、ここで偽名を「狙撃の王様 "そげキング"」を名乗ったことは非常に重要だ。
船大工としての役割は必要なくなり、チョコザイさはルフィに決闘で完敗した彼に、唯一まだ残っていたもの、それが "狙撃" だった。狙撃の才能、狙撃手としての腕、それなら、何かしら少しは役に立つかもしれない。全てを失った彼の、最後に藁にもすがるような一筋の希望が「狙撃」だったのかもしれない。
だが、このわずかな希望こそが、彼の、そしてルフィたちの運命を大きく変えることになる。
サンジの言葉
そして一行はエニエス・ロビーに乗り込み、激しい戦いが始まることになる。
戦いの終盤、戦闘員としては非力なウソップは、CP9のエージェントにボコボコにのされてしまう。「やはり自分は、何の役にも立たないのか…」と絶望するウソップ。だがそこに、サンジが彼の人生を決定づける超重要な言葉を投げかける。
「お前の役割はそれじゃねぇだろ!こういう戦闘は俺の役割だ!お前はお前にしかできないことをしろ!考えろ!お前がいればロビンちゃんを救えるんだ!」
この場面、サンジが上手いのは、直接答えを言わずにウソップに気付かせていること。勿論ここまで言っているサンジの中に正解は既にあっただろうに、この緊急事態に、ウソップが自ら「自分の価値」に気付き、自信を取り戻すことまで考えて、ウソップ自身が気付くように仕向けるサンジはクルーの鑑ですよ。さすがは麦わら海賊団の裏エース。
"英雄伝説"
そして、43巻。
第419話 "英雄伝説"
もう、この1話ですよ。
正直、この1話を語りたくて、長々とこの記事を書いていたと言っても過言ではない。
ワンピース全90巻の歴史の中でも、最高にカタルシスを感じることができる1話。
「感動して泣けるシーン」をすべて除くと、この1話がワンピースの全ての話の中で一番好きな1話かもしんない。
正義の門へと向かう「ためらいの橋」の上。
勝利を確信したスパンダムが、意気揚々と正義の門へと向かう。ロビンの髪の毛を掴み、引き摺りながら。
ロビンの悲痛な心の叫びが、モノローグで木霊する。
「言葉にならない…」
「くやしくて涙が止まらない」
もうここまでで僕たち読者のスパンダムに対するフラストレーションは最高潮だ。強くて不敵なカッコいい悪役じゃなく、親のコネで偉くなっただけの権力を笠に着た中身のない弱い小物だからこそ、心底腹が立ってしょうがない。
そんな小物にいいようにされ、全てを奪われるロビンの絶望の叫びが、僕たちの心の中ともシンクロして、絶望と悲憤が最高に高まったその瞬間。
スパンダムが、
「よく見ておけ!!
この一歩こそ、歴史に刻まれる英雄の!!!
第一…」
と、自分の "英雄伝説" をドヤ顔で語りながら、勝利が確定するその一歩を踏み出そうとした瞬間………
これですよ、これ !!!!
もう、最高すぎんだろ!!!!!
最っっっ高にテンション上がったわ。
漫画を読んでて、これほどまでに、腹の底からスカッとすることが他にあるだろうか!?
本当に、ここは最高の名場面だよ!!!
さて、謎の一撃で無様に吹っ飛んだスパンダムだが、一体、どこから、何の攻撃を受けたのか。
それは、すぐにわかる。
それこそが、ウソップの狙撃 だったのだ。
誰も、ゾロもサンジも、ルフィでさえもどうすることもできない、敗北確定の絶望的状況を、ロビンの危機を、麦わら海賊団の危機を、そして世界の危機を救った、ウソップの一撃。
まさに "英雄伝説" である。
このサブタイトルはスパンダムのことを指していると思わせておいて、実はそげキングの…ウソップのことを指しているというのが本当に上手い。
ここで敵の海兵たちがウソップの狙撃の腕をめちゃくちゃに褒めちぎってるのがすっごい気持ちいい。
「司法の塔だと!!? あんなトコから 何ができるってんだよ!!」
「この距離で風の吹く中………!!! 寸分狂わずおれ達を狙ってるのか!!?」
「銃弾なんて届きませんし ましてや当てるなんて…!!!」
「あの狙撃手!! ものスゴイ腕ですっ!!!」
そして、ウソップの狙撃の腕がここまでスゴイなんてのは、読者の僕たちですら知らなかったことだ。だって機会がなかったから。
ウソップが狙撃の天才だってことは知っていたけど、まさかここまでとは…!本当に世界最高峰の腕前の持ち主だったんだ。世界一の狙撃手、まさに、海賊王のクルーにふさわしい。
さらにウソップがやったことは、敵を攻撃しただけじゃない。ロビンの手錠の鍵を届けるという、戦闘外の超絶ファインプレーまでこなしてみせた。これこそ、ゾロやサンジやルフィにはできない、ウソップしか成し得ない偉業である。
こうして、ウソップの活躍により、麦わら海賊団は、絶望的状況から形勢逆転し、見事、ロビンをエニエス・ロビーから奪還し、全員生存して帰還することに成功するのだった。
"降りそそぐ追想の淡雪"
そして、メリー号との別れの時がやってくる。
男として一皮剥けたウソップは、もうメリー号を置いていかれる自分と重ねることもない。別れを受け入れる覚悟もできていた。
ウソップは確かに、狙撃手として自分の価値に気付き、それによって置いていかれる恐怖とも卒業したけど、そもそも「弱いからいつか置いていかれてしまう」という考え自体が間違っていたということに気付いたんじゃないだろうか。
あのロビンを救った狙撃が自分にしかできなかったように、エニエス・ロビーから自分たちを救い出すのもメリー号にしかできなかった。弱くても、小さくても、自分にしかできないことは必ずある。だから、メリー号も「弱いから、役に立たなくなったから置いていかれる」ワケじゃない。最後まで自分にしかできない役割を全うして生き抜いたから、その役割を誰かに引き継いで眠るだけなんだ。そんなことに気付いたから、今は前を向いてメリー号との別れを受け入れることができたんじゃないかな。
第430話 "降りそそぐ追憶の淡雪"
今回読み返して、また泣いた。
この1話は、いつ、何度読んでも泣いてしまう…。
"3人目と7人目"
さて、その後、まぁちょっとすったもんだはあったものの、ウソップは無事、麦わら海賊団の一員へと戻る。
その際のサブタイトルは、
「”3人目と7人目”」
この「○人目」というサブタイトルについてはファンの間でも散々考察がなされていて、有力なのはルフィがその人物をキャラとしてではなく、その船で役割を担うクルーとして、正式に認識したときにこのサブタイトルが付くというもの。詳細についてはググればすぐに解説がたくさんヒットすると思うので、そちらを見てもらいたい。
自分もこの説を支持していて、東の海からずっと仲間だったウソップに、ここで初めて「"3人目"」のサブタイトルが付いたのは、ルフィがウソップをウソップとしてだけではなく、麦わら海賊団の狙撃手として 必要としたからこそ、このタイトルが付いたんだと思う。
だから、この瞬間を持って、ウソップが麦わら海賊団の正式なクルーになったのは間違いない。
ちなみに、ルフィは「そげキング=ウソップ」とは認識してないから、ウソップを狙撃手として必要としたわけじゃないんじゃないかという意見もあったが、自分はそこはあまり重要じゃないんじゃないかと思う。
例え全くの別人だと思っていたとしても、ルフィがそげキングの活躍を目の当たりにして、「狙撃手」というポジションの重要性を深く再認識したとも考えられるし。そもそもルフィはウソップのあの狙撃を生で見てはいないから、どうかはわからないけど。
そうでなくともそげキングはまんまウソップなんだから、ルフィは頭では認識してなくても十分ウソップと肩を並べた心持ちになっていただろうし(本能が仲間と認識していたかも)、その上で、「あぁ、あいつは本当にウチの船に必要な存在だ」って実感したのかもしれない。
いずれにせよ、ウソップが「狙撃手」として麦わら海賊団にとって必要な存在になった、というのは変わりない。
今度はただの縁があった村の若者じゃない。
海賊王の一団の狙撃手として、その自信と自覚を持って、新たな船、サウザンド・サニー号に乗り込むのだった。
関係ないけどこの「”3人目と7人目”」ってサブタイトル、ホンット 粋 だよねー…!
新たな仲間が増えるワクワク感とともに、今までの仲間が、自信と より深い絆を持って戻ってくる。連載数年に及んだ長い戦いの末、見開きカラーページの扉絵でこのサブタイトルが出てきたときは、本当なんとも言えない感慨深い気持ちになったわ…!
上記で述べた「"英雄伝説"」や「"降りそそぐ追憶の淡雪"」しかり、ワンピースはたまにこういう粋なサブタイトルを付けてくるから油断ならない。
おわりに
大した取り柄を持たない、弱い、普通の、海賊を夢見ただけのただの村の若者が、自分にしかできないことに気付き、海賊王のクルーになるまでの物語。
そう考えて読むと、エニエス・ロビー編は、また違った趣きが見えてくる。
まさに "英雄伝説" だ。
このサブタイトルは、419話の1話だけじゃない。今回の長編を「ウソップ編」と見たときの、エニエス・ロビー編全体のサブタイトルにもなっていると思う。
人は誰しも、自分にしかできない役割を持っている。
それに気付いて突き詰めれば、どんな大きな船にも乗り込むことができるのかもしれない。
そんなことを教えてくれる、ワンピースの傑作長編、『エニエス・ロビー編』なのでした。