2020年は、週刊少年ジャンプにとって、実に40年ぶりの大きな大きな転換の年になりました。
ジャンプに起こった、大きな転換とは何なのか?
そして、その背景には何があったのか?
今年一年のジャンプを振り返りながら、その辺りを紐解いていきたいと思います。
※ 思いのままに書き殴ったら、かなり偉そうで批評家めいた文章ができあがってしまいましたが、ここに書いてあることはあくまで 私一個人の感想と推測と憶測と偏見 であり、何らかの綿密な調査に基づいたものではないことを、予めご了承ください。場末の素人の拙い妄想だと思ってお読み頂ければ幸いです。
なんといっても『鬼滅の刃』の年!
もはや今さら自分なんかがあらためて言うことでもないけど、
今年のジャンプといえば、何と言っても、
『鬼滅の刃』の大躍進 ですよ!
瞬間最大風速だけ見たら、これほど売れた漫画は、ジャンプどころか、全漫画の長い歴史の中でも他にないんじゃないでしょうか!?
1ヶ月あたりの単行本売り上げ冊数、アニメの視聴者人数、映画の興行収入、コラボ商品などの関連商品の発売数、漫画のタイトルそのものが流行語大賞にノミネートされるなど、そういったことを考えると、短期的には「ドラゴンボール」より「ワンピース」より「スラムダンク」よりも大きなヒットを飛ばしているんじゃないだろうか。
アニメのレギュラー放送の全26話を全て視聴済みであること前提の映画 が、『千と千尋』と並んで 日本の映画興行収入トップを叩き出す という、前代未聞の大偉業 を成し遂げました。
凄すぎです。
そして、その勢いそのままに、一切引き延ばすことなく、壮絶な最終決戦を最高のクオリティで描き切り、見事な大団円を迎えました。
そう、これほどの人気作品が、一切引き延ばされず に、綺麗な最終回を迎えた のです…!
6つもの人気連載作品が終了した『異例の年』
2020年は、上記の『鬼滅の刃』を含めて、実に6つもの人気連載作品が終了した、異例との年となりました。
※ 「人気作品」の定義は難しいですが、ここでは「2年以上連載されている」もしくは「1年以上連載され、かつアニメ化されている」のどちらかの条件を満たすものとします。
以下は2020年1号時点で連載されていた主な作品です。
「ONE PIECE」
「ハイキュー!!」→ 終了
「僕のヒーローアカデミア」
「ブラッククローバー」
「ゆらぎ荘の幽奈さん」→ 終了
「鬼滅の刃」→ 終了
「約束のネバーランド」→ 終了
「ぼくたちは勉強ができない」→ 終了秒読み
「Dr.STONE」
「アクタージュ act-age」→ 終了
「呪術廻戦」
「チェンソーマン」→ 終了
中堅以上の漫画だった12作品のうち、実に 6作品が終了。
「ぼくたちは勉強ができない」も、展開的に終了間近です。
「呪術廻戦」「僕のヒーローアカデミア」も、もしかしたら終わりが近いかもしれません。
12作品の中で、まだしばらく続きそうなのは、「ONE PIECE」「ブラッククローバー」「Dr.STONE」の たった3つだけ なんですよね。
ちなみに昨年2019年に連載終了した人気作品は、「食戟のソーマ」と「火ノ丸相撲」の2つだけです。
6作品中5作品が、引き延ばしのない「円満終了」
6作品のうち、1作品だけは、残念ながら望まぬ形での終了となってしまいましたが、
残る5作品は、引き延ばされも打ち切られもせず、おそらくは作者が望む形での円満終了となっているんですよね。
「ハイキュー!!」は40巻以上続いたのでかなりの長期連載となりましたが、読んでる側として、展開的に無理矢理引き延ばされているようには感じませんでしたし、「鬼滅の刃」「約束のネバーランド」は共に20巻前後、「チェンソーマン」に至っては、たったの10巻程度での終了になっています。
「鬼滅の刃」も「約束のネバーランド」も「チェンソーマン」も、今が人気絶頂だったり、映画が話題になったり、漫画賞をもらって知名度が上がったり、アニメが始まったりと、これからが売り時の漫画であるはずです。
それを、ジャンプ編集部はあっさりと終わらせました。
これ、今のジャンプしか知らない人は、「え?物語が作者が思う所で終わったから連載も終了しただけでしょ?何がおかしいの?」と思うかもしれませんが、
1990年代、2000年代のジャンプを知っている僕らからすると、
これ、とんでもないことなんですよ…!
かつてのジャンプは引き延ばしが酷かった
1990年代のジャンプは、「ドラゴンボール」を嫌がる鳥山明先生に無理矢理描かせていたり、「スラムダンク」の井上雄彦先生と裁判寸前まで争った挙句、最終巻に"第一部完"という未練タラタラな一言を加えたり、「幽☆遊☆白書」の冨樫義博先生と揉めた挙句セルフ打ち切りのような終わり方になったりと、人気漫画の終盤は 引き延ばしたい編集vs綺麗に終わらせたい漫画家 の戦いでとにかく酷い有様でした。
2000年代のジャンプは、「ワンピース」「ナルト」「ブリーチ」が散々引き延ばされ、どれも 70巻以上 という凄まじいボリュームになっていました。この3人は上記の3人と違って、漫画家自身も喜んで続きを描き続けていた感がありますが、それをいいことにダラダラと引き延ばしたいだけ引き延ばした結果、内容がどんどんつまらなくなっていき、読者がウンザリしていった時代でした。
漫画家自身が嫌がっているか、自身も喜んでいるかの違いはありますが、とにかく昔はジャンプといえば、人気が出れば地獄のような引き延ばしに遭い、その結果名作がどんな駄作に落ちぶれようが、
商業的に利益が出続ける限りは
アイスの棒を舐め尽くして、ふやけて腐って折れるまで
延々と引き延ばし続ける、極悪非道クソ漫画雑誌 だったんですよ。
それが!?
これほどの人気作を!?
たった20巻で!?
一切引き延ばさずに!?
綺麗に終わらせただと!?!?
え?
映画がこんなに売れてるのに??
前代未聞のヒット作なのに???
ウソだろ…!?
どうしちまったんだ、ジャンプ編集部…!?
引き延ばしを辞めた、商業的理由とは
もちろんこれは、ジャンプ編集部が心を入れ替えて清らかな聖人に変わったワケではなく、
きちんと商業的な狙いがあってのことだと思います。
端的に言うと、本編ではなく、スピンオフや関連商品で儲けることを覚えたんでしょうね。
昔は、漫画本編が終わってしまえば、その漫画の時代はそこで終わりでした。
今は、本編が終わっても、スピンオフの連載が始まったり、時間をおいてからアニメ化が決まったり、実写映画化されたり、コラボ商品が大量に売り出されたり、サブスクリプションサービスで延々見続けられたりと、幅広い発展の可能性があります。
「ナルト」が完結しても「ボルト」が別の作者によって連載開始され、売れます。
20年以上前に完結した「ドラゴンボール」は、未だに新しいアニメが作られ続け、コラボ商品が売れ続けています。
「るろうに剣心」が10年以上の時を超えて実写映画化して大ヒットしたり、「ダイの大冒険」が30年の時を超えてアニメ化が決まったりします。
ついでに言うと、漫画自体もサブスクでアプリで読まれるようになりましたから、過去に完結した連載作品をサブスクのラインナップに組み込んで、売り上げに貢献させることもできます。
それを考えると、無理矢理引き延ばして読者や作者との関係性を悪化させるより、高い品質を保ったまま完結させて、読者には好印象を残しつつ、作者との関係性も良好なまま、あわよくば次のヒット作を描いてもらう方が、利益的にもプラスになるんでしょうね。
もう一つ言うと、幅広い層の人たちにとって手が出しやすくなるように、20巻前後にしてるっていう可能性もあると思います。
アマプラやネトフリでアニメを見て、「これ面白い!原作も買お!」と思っても、ググってみたら70巻以上って出てきたら、「こんなにあんのか…じゃあいいや…」ってなりますもんね。
20巻前後なら、アニメ見た勢いそのままに、アマゾンで全巻衝動買いでポチれるギリギリの範囲内ですから。
こうなった時代背景
この変化の理由として、大きく二つの時代背景があると思います。
一つは、漫画が老若男女すべての人に読まれるメディアになったこと。
昔は、少年漫画といえば、子供か男性だけのものでした。
「ドラゴンボール」や「スラムダンク」がいかに売れようが、メインの市場は限られた年代と性別の層のみでした。
でも今は、80年代、90年代に漫画を読んでいた層が、大人になってもそのまま漫画を読み続けています。
女性も男性並みに少年漫画を読む時代です。
漫画離れが進んでいると言われていますが、もちろん子供も読んでいます。
市場が圧倒的に拡大したんですよね。
コンビニに行けば、全ての棚に堂々と漫画やアニメの関連商品が置かれています。
これは昔では考えられないことです。
もう一つ、これこそが今年の転換の最大の要因であり、
そして今年急激に変化した事象だと思っています。
それは、サブスクリプション動画サービスの隆盛。
昔は、アニメ化して話題になっても、途中から見るか、ツタヤまで自転車を走らせてDVDを借りに行かなきゃいけませんでした。
しかも、TVで見るときは決まった時間にTVの前に座っているか、録画しなきゃならなかった。
今は、アマプラやネトフリやフールーに入っていれば、いつでもすぐに簡単に無料で見られます。(正確には定額料金は払っていますが、そのコンテンツに新しく追いつくために追加で料金を払う必要がないというのは大きいです)
TVの前に座ってなくても、電車の中でもトイレの中でも見られますし、なんなら居酒屋で「このアニメ面白いよ」って言われたその場で、みんなで第一話を即見ることだってできます。
これが圧倒的に時代を変えました。コンテンツの拡散スピードは何倍にもなり、話題作に後から追いつくことが圧倒的に容易になりました。
しかもそれがコロナ禍で爆発的に広まりました。家から出られなくなった人々は、みんなアマプラ・ネトフリに入り、話題のアニメを片っ端から見るようになりました。
更にそれがSNSで加速度的に拡散されます。
漫画が堂々と受け入れられてる時代ですから、食品メーカーも飲料メーカーも衣料メーカーもバンバンコラボ商品を発売します。コラボカフェやコラボイベントもバンバンぶち上がります。
そんな状況で最も恐るべくは、連載が終了してしまうことよりも、「この漫画最近つまらなくなったね」って言われることです。それよりは、面白いところで終わり、消費者の記憶に「あの漫画は名作だった」って記憶が永遠に刻まれている方が遥かに売りやすいはずです。
もちろん、面白いまま長続きするのが一番ではありますが、それが難しいこと、それよりも良質なまま終わらせる方が遥かに得なことに、ジャンプ編集部もようやく気が付いたんでしょうね。
この大転換は「Dr.スランプ」以来の時代の節目
個人的に、この方針転換は、「Dr.スランプ」以来の、実に40年ぶりのジャンプの大きな大きな転換期だと思っています。
「Dr.スランプ」が大ヒットして、アニメ化の話が持ちかけられたとき、ジャンプ編集部は アニメ化なんかしたらコミックスが売れなくなるから と、最初アニメ化を渋ったそうです。
ところが、実際アニメが始まってみると、原作コミックスの方も飛ぶように売れ、売り上げが激増。
そこから、ジャンプ編集部は人気作を積極的にアニメ化するようになったらしいです。
当時と同じような価値観の転換が、今まさに起こっているんだと思います。
「人気作は引き延ばさないと」という考えが「人気作は20巻前後で完結させた方が良い」と。
その方が長期的に見て利益が出る。アニメやスピンオフや関連商品が売りやすい、と。
ジャンプの引き延ばしに辟易していた、名作が駄作に落ちぶれていく様子を嫌という程見てきた僕らの世代にとっては、非常に喜ばしい変化です。
「読者にとっては綺麗に終わってほしいけど、向こうも商売だからな、引き延ばしは仕方ないかな…」と思っていたのに、引き延ばさない方が利益が出る という、読者と出版社にとってWIN-WINな、素晴らしい時代が来たとしたら、漫画読みにとってこれほど喜ばしいことはありません。
とはいえ、雑誌本体のパワーダウンは否めない
とはいえ、人気作品をことごとく連載終了してしまって、ジャンプ本体が全くノーダメージかっていうと、そんなことはないと思います。
アニメやコラボで集英社全体としては儲かっているものの、ジャンプ編集部の使命はあくまでジャンプ本誌の売り上げを伸ばすこと。その点で見れば、上記の作戦の代償として、今凄まじい苦難を強いられているのは想像に難くないです。
Wikipediaで歴代ジャンプ連載作品の一覧を調べてみると、2年以上の連載継続もしくはアニメ化するほどの人気作品の連載が立ち上がるのは、1年で平均して2、3本程度です。
それを考えると、釣り合いを取るためには、終了する作品も1年に2、3本が限度のはずです。
それを超えると、当然、新しい人気作が出るスピードよりも 主力が抜けていくスピードの方が速くなります。
ところが、今年それに反して6本もの人気作品を終了してしまいました。
おかげでこの6本の品質と名声は維持されましたが、引き換えに誌面のラインナップは大幅にパワーダウンしてしまいました。
継続的に全作品を読んでいる身からしても、1年前と比べて 雑誌全体が圧倒的につまらなくなっていることは明らかです。
ジャンプ編集部は今、主力が抜けた穴を補ってくれるような人気作品の立ち上げに躍起になっていることでしょう。
それはきっと、かなりの苦難な道なんだと思います。
でも、『鬼滅の刃』のように、新しい才能は生まれ続けます。
2021年も、これからも、きっと新しい面白い漫画は生まれ続けるはず。
自分にとっては、引き延ばしがジャンプの唯一にして最大に嫌いなところでしたから、それがなくなったジャンプを今、心から応援しています。
きっと大変な時期だと思いますが、また勢いを盛り返すことを信じて、これからも愛するジャンプを読み続けたいと思います。