葉桜の季節に君を想うということ
前回の記事で、未読の方に向けては「とにかく読め!」とオススメはしたけれども、その性質上内容に一切触れることができないので、およそレビューらしいレビューを書いていない。せっかくなので、既読の方向けへの感想記事も残しておきたい。
だけど、なんてったってこの小説は絶対に完全ネタバレ一切厳禁なんだから、万が一にも未読の人がこの感想記事を読んだりしないよう、細心の注意を払わなければならない。そのために、さっさと本題に入ればいいものを、前置きをダラダラと長文で書き続けているのだ。
というわけで、未読の方はここで回れ右するように。
以下は絶対にネタバレ厳禁の世界です。
今読む気がなくても、人生いつどこで気が変わるかわかんないからね?
絶対読む前に読むなよ。
いや、ダチョウ倶楽部とかじゃなく、マジで。
※以下、ネタバレあり。未読者立ち入り厳禁※
この先、一千里
↓
…よし、読んでない人はいなくなったな?
感想
とにかく終盤の種明かしには死ぬほど驚愕した。なんせ、あまりにビックリして、読んでて研究室内で「えーっ!?」という声を上げてしまったくらいだ。後輩が不審な目でこっちを見ていた。
真実がわかった瞬間に、それまで若々しい姿を思い描いていた登場人物たちが、まるでジョジョのザ・グレイトフル・デッドに掛けられたかのようにしおしおと年老いていく。そんな変化が頭の中で起こるあの感覚は、そうそう味わえるもんじゃない。あまりにも見事だ。
だけど、俺が「えーっ!?」と声を上げて驚いた部分は、登場人物全員が老人であると分かったところじゃない。俺が今回最も驚いたのは、この一文だ。
「あたしの本当の名前は古屋節子です」
この一文を目にした瞬間、俺はあまりの驚きに気付いたら声を上げていた。
そう、この話の本当にすごいところは、年齢誤認の叙述トリックじゃない。年齢誤認の叙述トリックという大風呂敷によって、「麻宮さくら=古屋節子」「成瀬将虎=安藤士郎」の人物誤認トリックというもう一つの仕掛けが巧妙に覆い隠されているところなのだ。
年齢誤認の叙述トリックだけなら、感心はしてもここまで驚きはしなかっただろう。逆に、年齢誤認トリックがなくて人物誤認トリックだけだったら、きっとあっさりと見破れていたはずだ。しかし、麻宮さくら=若い女性 と思い込まされていたことで、本編に登場するさくらと、度々挟まれるエピソードに登場する古屋節子という老女の2人を結びつけることは全くできなかった。さくらは古屋節子の娘か孫かな?とは思っていたが、まさか本人だったなんて。夢にも思わないだろ!
よくできた叙述トリックの小説は、必ず叙述トリック単品では使われない。2つのトリックを上手く絡み合わせ、叙述トリックというド派手な武器で本命のトリックを巧妙に覆い隠すのだ。
もちろん、この小説は、叙述トリックそのものも凄い。ヒントは実はいっぱい散りばめてあるんだよねー。
・ケータイを1号2号と名付けている
・「俺はもうボケ始めているのかと、嫌な気分になる」
・妹の綾乃と二人でいても周りは夫婦だと信じて疑わない
それでも気付かなかったのは、年齢を覆い隠すためのギミックが非常に上手く働いてるからだ。作者のトリックは、タイトルからもう始まっている。「葉桜の季節に君を想うということ」という読んでるこっちが恥ずかしくなるくらいにベッタベタに甘いタイトルがもうミスリード。おまけにいきなり射精の単語から始まる一文目。0行目、1行目から作者はもう仕掛けてきてんだよね。老人というイメージから180°かけ離れたタイトルを付けたり単語をぶっ放したりすることで、俺たち読者を見事にミスリードしている。
極めつけはあのシーンだよ!最序盤に高校生の後輩が出てくるシーン!ミステリーにおいて年齢も重要な要素だと思っていた俺は、このシーンできちんと主人公の年齢を計算していたはずだった。それが見事に作者の掌の上だったってワケだ。たしかに!高校生が若者とは限らねえ!そんなことはわかってたはずなのによ!くそー!完全に引っ掛かっちまった!!
ここまで綺麗に騙されるとむしろ清々しい気分になる。おまけにこの小説は読み返してもアンフェアな部分が一つもない。全てのミスリードパートにキチンと説明付けがしてある。おばあさんは自分の伴侶のことを「おじいさん」と呼ぶ、とかね。
まぁとにかく見事の一言ですよ。
これは読んだら他人に勧めたくなるわ。
叙述トリックものの小説はたくさん読んできたが、間違いなくこれが最高傑作。
おみごとです。