以下、決して読むべからず。
ドス黒い羊
こっから先は映画のマジの率直な感想を飾らず書き連ねます。
かなり批判的な内容になると思うので読まないでください。
自分用に残しておきたいだけなんで。
本当は自分のみに公開にしたかったけど、はてなブログは公開設定を記事ごとに設定できないらしい。
ブラック・スワン
正直、一番の感想は、
よく平手自殺しなかったな。
です。
メンバーや大人たちや世間の批判がなくても、『不協和音』や『黒い羊』や、あんなに暗くて重い世界観に毎回毎回毎回毎回全力で感情移入してたら、誰だって心病むわ。
黒い羊は特に凄いよね。演技とはいえ、あんなに毎回毎回ライブの度にメンバーに突き飛ばされるのは、心にキそう。
しかも彼女、表現に対しては決して妥協しなさそうな性格だし。
ブラック・スワンのナタリー・ポートマンみたいに死んでてもおかしくなかったんじゃないかな。
突然の脱退ぐらいで済んで、まだ良かったよ。
かといって、あの世界観だから、平手がアレだけ表現力があったから欅坂はこれだけ売れたワケで、暗くて重い世界観も平手の憑依力もなくてはならないものだった。
そう思うと、欅坂はこのコンセプトでスタートした時点で詰んでたんだな。
生きて自由の身になれて、本当に良かったと思います。
これからは、自分のペースで自由に表現をしていってほしいな。
なんで一人の友人として支えてあげなかったんや…
平手が心を病んでいったのは仕方なかったとしても、
問題は他のメンバーに誰一人として、平手を絶対的センターではない、ただの一友人として支えてあげようという気概が見られないことですよ。
インタビューでは、口を開けば、
「センターは平手しかできないから…」
「正直ファン目線だから…」
「私たちは所詮バックダンサーだから…」
「平手は特別だから…」
ふざっけんなよ。
大人たちも運営もスタッフも世間もファンもアンチも、普通の人間じゃない天才センターとして神聖視して特別扱いするからこそ、お前らだけはただの10代の一人の女の子として、ただの一友人としてそばで支えてやらなあかんのとちゃうんか。
それを重荷を全部一番年下に背負わせて、自分たちは天才ではない凡人だから、天才の苦悩は理解できないからと逃げ続けたんか。
酷過ぎるやろ…。
もう、本当にガッカリしました。
他のメンバーはともかく、配信ライブのガラ割れがあんなにカッコ良かった小林や、軍曹と呼ばれた守屋からそんな言葉は聞きたくなかった…。
平手が「休みたい」って行ったとき、全員が全力で止めるんですよ。
平手の体調を気遣う奴は一人もいないんですよ。
メンバーなら、友人なら、まずは仲間の体調や精神面を気遣って「休みな?」って言ってあげるところじゃないの?
それを「あなたがいないと私たちはやっていけないから」って。
尾関がインタビューで「全力で止めましたよね」って平然と言ってるけど、よくいけしゃあしゃあと言えるなお前って、ブチ切れそうになりました。
アイドルとかじゃなくて、人としてどうかと思いました。
プロ意識のなさ
そして平手不在のステージに平気で穴を開けるプロ意識のなさ。
急遽平手がいなくなったライブで、スタッフとメンバーが「仕方ないから平手がいない箇所はそのままやろう」って言うシーンがあるんですよ。見てて、てっきりフォーメーションだけの話かと思ったんです。思うじゃないですか。
ところが、ライブが始まったら、平手の担当箇所を 誰も歌わないんですよ。
歌のあちこちで、誰の歌声も聞こえず、ただ歌詞だけが流れる箇所がある。
唖然としました。悪い意味で鳥肌が立ちましたよ。
見にきてくれたお客さんがどう思うかとか、考えないのかな…。
観客を舐めてるというか、バカにしてる。
こんなん見せられたら、平手はますます「あぁ、やっぱり私がいないとダメなんだ…。」って追い詰められるに決まってるじゃないですか。
センターの小坂が急遽倒れたときに、必死に穴を埋めて、小坂がいなくてもできるところを見せて小坂を安心させてやろうと踏ん張った日向坂とえらい違いです。
とにかく終始、「センターは平手にしかできないから…」としか言わずに逃げ続けるメンバーだけが印象に残り続けました。
そもそも本当に天才に追いつこうと努力したのかすら怪しいですよね。
リーガルハイ2期7話の伊東四朗の台詞を思い出します。
「俺だって、天才なんかじゃない。誰よりも必死で、階段を一つ一つ、踏みしめてきただけだ。振り向いたら、誰もついてきてない。怠けた連中が、麓でこうで呟く。あいつは天才だから。冗談じゃない!ゆとりで育ったのんびり屋どもが、本当に嫌いだ。」
映画を見終わった後、入り口に貼ってあったポスターをあらためて見て、ゾッとしました。
苦悶の表情を浮かべる平手と、
その平手にしがみつく40本の腕。
このポスターは確かに、この映画の内容を正しく表しているなと、そう思いました。
僕たちの「嘘」と「真実」
とっくに愛想を尽かして辞めてもおかしくないのに、何年も我慢し続けてた平手がすごいよ。
平手は優しくて、そしてメンバーのことが好きだったんでしょうね。
だから一緒にやり続けた。
彼女たちはそんな平手の優しさにつけこんだワケです。許すまじ…。
(言い過ぎかな。でも、映画を見るとそう思えてしまいます)
欅坂はイジメとかの噂が絶えなくて、自分も本当にそういうのがあるのかなと思っていたけど、今回の映画を見て思いました。欅坂にイジメはなかった。
彼女たちにイジメをするような度胸も競争意欲もありません。
ずっと表面上の仲良しごっこを続けてきたんでしょうね。
黒い羊のPV撮影後、
わざとらしく倒れ込む平手と、
わざとらしく駆け寄るメンバー、
そしてそんな偽りの仲良しごっこを氷のような冷めた目で見下ろす鈴本。
その光景に、心底ゾッとしました。
僕たちの嘘と真実の「嘘」ってのは、偽りの友情ってことだったんでしょうか。
平手が潰されたのは大人たちのせいで、メンバーはみんな大人の犠牲者だと思ってたけど、メンバーこそが平手を追い込んでいた。それが、この映画で明かされた「真実」。そういうことなんですかね。
背負わされた十字架
もちろん、大人も大人なんですけどね…。
東京ドーム公演で、出たくないと泣き叫ぶ平手を大人たちが無理やりトロッコに乗せてステージに立たせる場面は、狂気しか感じませんでした。
よくこんなシーンを(映画という)メディアに載せたな。
TAKAHIRO先生が「欅坂は背負う者だ」って言ってましたけど、背負ってたのは平手一人じゃん、って思わずツッコんでしまいました。
このTAKAHIRO先生のインタビュー直後に『黒い羊』のライブ映像が流れるんだけど、平手が一人で階段を登って行くんですよ。他のメンバーに突き飛ばされながら。
その光景が、処刑されるキリストにしか見えないんですよ。
アレ?平手、処刑されるのかな?
え、この人、これから死ぬんですか?
って思いました。
しかもそのインタビューのときのTAKAHIRO先生の格好が、どう見ても 牧師 なんですよ。
狙ってやってんのかな、アレ。
真っ暗な中で背中を丸め、重い足取りで階段を登っていく平手のカット。
その直後、薔薇が敷き詰められた誰もいない墓が映し出される。
あぁ、平手は愚かな群衆の犠牲になって、哀れにも処刑されてしまったんだ。
としか見えない演出でした。
平手だけが黒い羊で、その他のメンバーは白い羊でした。
白い羊だったりサイレントマジョリティーだったりするのはあくまでPVの演出だけで、心は欅坂全員が黒い羊であり声をあげる少数派じゃなきゃいけなかったはずなのに、メンバーは心の中まで白い羊だった。
平手がキリストなら他のメンバーはせめて使徒ぐらいにはならなきゃいけなかったのに、どちらかというと石を投げる群衆に近い。
白い羊の逆襲
そんな白い羊たちも、キリストがいなくなって、ようやく過ちに気付いたのか、本気を出し始めました。
そして櫻のように花開くことを夢見て、新たな道を歩き始めました。
チームカラーは皮肉にも「白」だそうです。「何者にも染まらないように」との意味が込められているそうですが、下手すると、何色にも染まれないうちに忘れられ消えていってしまうでしょう、真っ白に。
ここで変われなければ、確実に消えていくでしょうね。
アイドル界はそんなに甘くないはず。
そうなるか、ならないか、全ては彼女たちの頑張り次第。
7月の配信ライブを見て確信したけど、彼女たちは確実に素晴らしいものを持っています。平手なんかいなくてもやっていける。それに自分たちで気付いて、掘り起こして、磨き続けて、変化できるか。
期待しています。
彼女たちの過去は散々だったけど、過去は過去、これから変われると信じています。
頑張れ、櫻坂46。