俺の大好きな漫画から、ある1話を切り取った考察である。
ネタバレ考察の部類に入るが、どちらかというと、この漫画を読んでない人にこそ読んでほしい内容だ。
【登場人物】
歩鳥・・・主人公。高校3年生。推理小説が好きで、自身も推理が得意。
タケル・・・歩鳥の弟。小学5年生。小学生とは思えないほど賢くて大人。
エビちゃん・・・タケルのクラスメイト。タケルの彼女。
マッキー・・・タケルのクラスメイト。タケルの親友。
山本くん・・・タケルの別のクラスの友だち。
【第110話 お姉さんといっしょ】
冒頭、タケルのクラスで係決めのためのジャンケンをしている。その中で、タケルとエビちゃんの、「マッキーはジャンケンをするとき、毎回必ず最初にチョキを出すクセがあるんだよ」というやりとりがある。このやりとり自体はタケルとエビちゃんのイチャイチャが中心であり、会話の流れもごく自然なものだ。
場面が変わり、放課後。激レアで品薄状態のオマケつき玩具「ゴルゴンの迷宮」を探すため、隣町へ出かけるタケルとマッキー。一方、姉の歩鳥も、とある経緯で弟に対抗心を燃やし、タケルの友人の山本君と共に隣町へ出かける。年長者ならではの推理力を発揮し、あたりをつけたお店を探していく歩鳥。
場面変わって夕暮れ。半分諦めながら、通りすがりのヤマギシパンというお店で「ゴルゴンの迷宮…ないですよねぇ…」と聞くマッキー。なんと、かえってきた返事は「ありますよ」。喜ぶ二人だったが、あと1個しか残っていないという。「どうしよう…二人で探したのに…買わずに帰るか?」と言うマッキー。意を決してタケルが言う「マッキー、ジャンケンだ!勝った方が買う!文句なしだ!」
そして、この第110話は、ここで終わりである。
ページをめくると、最後のページに、ため息をつきながら手ぶらでとぼとぼと1人帰り道を歩くタケルと、ヤマギシパンのビニール袋を傍らに家で本を読みながらタケルの帰りを待つ歩鳥が描かれている。ビニール袋の中には「ゴルゴンの迷宮」が入っている。
ジャンケンの結末はどうなったのか。
歩鳥はお店にあたりを付けた後どうしたのか。
その場面は、直接は描かれていない。
だけど、ここまでの話のパーツを全て繋ぎ合わせれば、歩鳥がタケルより先にヤマギシパンにたどり着き「ゴルゴンの迷宮」を購入したこと、そしてタケルがマッキーのためにわざとジャンケンに負けたことは、すぐにわかる。
だけど、そのジャンケンの結末はあえて描かない。
「ここはマッキーに譲ってやろう…!マッキーはじゃんけんで毎回必ずチョキを出すから、パーを出せば必ず負けることができる…!」みたいな無粋なモノローグもない。
あえて描かずに、読者に想像させる。
さらに言えば、このあと友人に財宝を譲った心優しい少年は、姉から「ゴルゴンの迷宮」をもらえたであろうことも容易に想像できる。でも、その場面もあえて描かない。
とにかく、最も重要な場面は全てあえて描かずに、必要なパーツだけを作中に揃えて、最後は全部読者に想像させる。この手法が、結末をたまらなく魅力的なものにする。*1
同じ手法を使っている有名な作品が、星新一の「おーい、でてこい。」だ。
英語の教科書のニューホライズンに載っていたから、知っている人も多いだろう。
ある日、街に底の見えない大穴が空く。穴に向かって「おーい、でてこい。」と叫んでみるが、山彦は聞こえない。ビー玉を投げ込んでみるが、反響音は聞こえない。人々は、この穴にどんどんゴミを捨てるようになる。いくら捨ててもいっぱいにならない穴に、人々は次々とあらゆるものを捨てていく。産業廃棄物、放射性廃棄物、核兵器まで。穴のおかげで、街はキレイになり、住みやすくなり、沢山の人が移り住んできた。ある日、屋根を掃除していた男が、空から声を聞く。「おーい、でてこい。」上空を見上げたが、何もない。気のせいだと思い、掃除を続ける男。すると、男の足元に、1個のビー玉が、コツンッ、と落ちてきた。しかし、掃除に夢中な男は、そのことに気付かなかった。
話はここで終わりである。
この後この街に何が起こるのか、想像すれば誰だってわかるだろう。それも、かなり恐ろしい結末だ。
だが、星新一はこの結末をあえて書かない。どころか、「そう!この穴は!実は街の上空につながっていたのだ!このあと、この街には、沢山のゴミや、核兵器までもが降ってきて、大変なことになってしまうのである!」というような無粋な解説は絶対にしない。
ただ、ビー玉が落ちてきて終わりである。
だからこそ、めちゃくちゃ怖い。*2
どうやら、人間の脳は、描かれた結末をそのまま受け入れるより、自分で手がかりをつなげて想像した方が、遥かに強く心に残るらしい。
『それでも町は廻っている』は、こういった引き算の美学がたまらなく上手い。第110話は「それ町」の中で俺が一番好きな話というわけではないが、"「それ町」らしさを一番わかりやすく象徴している1話" だと思えてかなり好きな話である。「それ町」は、こういう読後感がグッとくる話ばかりだ。
『それでも町は廻っている』のレビューはまた改めてしっかり書こうと思うが、
作者のあらゆるギミックがそこらじゅうに埋め込まれた、
とにかくオススメの漫画なんである。