俺の父も母も、漫画を読む。
母はバスケをやっていたこともあってスラムダンクが大好きで、既にコミックスを全巻持っているのに「大きい画面で読みたいから」という理由で完全版を全巻俺に買ってこさせるくらいだし、
父は実は子供のころ漫画家になりたかったらしく、最近はワンピースにハマってアニメを一から15年分一気見するほどのめり込んでいる。
そんな父と母が、口を揃えて、「スラムダンクより面白かった」と言っていた漫画があった。
それが『あしたのジョー』
5年程前だったか、それほど言うならいつか読んでみたいと思っていたこの有名すぎる作品を、ついに読んでみた。
昔の漫画だから、『スラムダンク』とは比ぶべくもないし、同じボクシング漫画でも『はじめの一歩』の方が好きだが、その2つの名作もこの傑作がなかったら存在しえなかったと考えると感慨深かったし、そう思わせるだけのエネルギーと迫力は十分感じ取ることができた。
何より、最大のライバル 力石 徹 との決着を、最高の形でつけているのが素晴らしい。
力石が死ぬ、ということは前知識として知っていたが、まさか主人公が負けて終わるとは!
しかもお互いが最高のパフォーマンスを出し切ったうえで、ライバルが一歩上を行き、そしてそのまま永遠に再戦することはない。何て展開だ。
『はじめの一歩』は素晴らしい漫画だが、最大のライバル 宮田 一郎 との決着から逃げてしまった以上、『あしたのジョー』を超えることは永遠にできないだろう。
この漫画を読んで、めちゃくちゃ驚いたことがある。
それは、ヒロインの 白木 葉子 の存在だ。
この時代に、こんなに存在感のある、捻くれたヒロイン像を描けるものなのか。
昭和の漫画のヒロインなんて、男の三歩後ろを黙って歩くだけの、古い女性観を全開にした添え物みたいなヒロインしかいないと思っていた。
それが、あんなに性格の悪さと強さを全開にした、男よりも強烈な毒気と迫力のある女性キャラクターを描けるなんて!
俺がこの漫画で最も好きなシーンの一つが、以下の場面だ。
矢吹 丈 の最後の戦い、ホセ・メンドーサとの試合の最中。ホセに打ちのめされ、ボロボロになり、これ以上続けたら死ぬかもしれないのに闘い続ける丈。そんな彼に対して、セコンドの丹下段平も、事務の後輩たちも、皆「もういい、お前はよく戦った、もうリングを降りろ」と言う。
「何やってるの矢吹君。もう少しじゃない。ここまできたのよ、最後まで戦いなさい。」
と檄を飛ばすのだ。
過去に俺が読んだ漫画の中で、これと全く同じ行動を取った人物がいた。
『スラムダンク』の 湘北最後の戦い、山王工業との試合の最中。背中を痛め、これ以上試合に出たら選手生命にかかわるかもしれないと言われた桜木。安西監督も、マネージャーの彩子も、皆試合に出ることを止める中、親友の洋平が呟く。
「今、たった一人、あいつを動かせるとしたら―――」
その瞬間、試合が止まる笛が鳴る。味方の誰かが、わざとファイルをしたのだ。
彼は言う。
「おい、目障りなんだよ。そんなとこにボーッと突っ立ってられるとよ。
出るなら出ろ。」
そして、桜木は試合に再度出場する。
そう、白木 葉子 が 矢吹 丈 に対して行った行動は、
スラムダンクで 主人公の最大のライバル 流川 楓 が 桜木 花道 に対して行った行動と、ピタリと一致するんだよね。
このことから考えても、白木 葉子 の立ち位置は、ヒロインというよりどっちかっていうとライバルのそれに近い。
考えてみれば、矢吹丈に数々の強力なボクサーを送り込み、幾度となく丈の前に立ちはだかった葉子はまさに矢吹丈のライバルだ。いがみあいながらも互いの実力を認めていく点もそう。
最後の最後に葉子が丈に抱く恋心も、普通の漫画のヒロインが主人公に抱くそれと同じものではなく、男同士が河原で殴り合った後に芽生える友情に近いものなのではないか。それがたまたま男と女だったから、恋心という形で発露したというだけなのではないか。
俺は以前、『バガボンド』の"あるエピソード"を読んで以来、あくまで極論だが、男の友情の究極の形は「殺し合い」なのではないかという理論を持っている。これに関してはいつか『バガボンド』のレビューを書くときにでも詳しく書こうと思うが、丈と葉子の絆にもそれに近いものを感じる。
葉子は丈が自分の命を賭けてでも、命が尽きてでも闘い続けることを望んでいることを、誰よりも知っているからこそ、あの場面でただ一人、非情とも思える「戦え」という言葉をかけることができるのだ。
それは、隣で同じ方向を向いて支え続けてきた段平たち「仲間」には決してわからない、丈の拳を正面から受け続けてきた「敵」にしかわからない視点なのだ。
だからこそ、丈が試合後に最後にグローブを渡す相手は段平ではなく葉子なのだろう。
主人公の横で主人公を支え続け、同じ方向を一緒に見てきた「味方」としてのヒロインではなく、主人公の前に幾度となく立ちはだかり、真正面から主人公の拳を受け続けてきた「敵」としてのヒロイン。
昨今の漫画でもなかなか見ない。
めちゃくちゃ強烈で魅力的なキャラクターだ。
白木 葉子。
彼女がいたから、『あしたのジョー』はより名作として歴史に名を残したんだと思う。

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